| フランス革命からナチズムまで,一世紀半におよぶ発展を遂げた“新しい政治”.それは合理的討論よりも神話やシンボル,儀礼や祝祭への大衆参加によって駆動する,ドラマとしての民主政治であった.本書ではナチズムをこの“新しい政治”による国民主義の極致と位置づけ,ドイツでの国民主義の展開を大衆儀礼やシンボルの政治史として捉え直す.ナチズムを大衆操作ではなく大衆の合意形成運動として捉え,ファシズム研究の新局面を拓いた名著――. |
ナショナリズムとファシズム研究における国民主義のシンボルおよび合意形成を論じた書.ドイツを中心に,フランスやイタリアにも視野を広げながら,大衆政治・大衆運動・国民主義の形成過程を精緻に分析している.著者は「世俗宗教」「政治的典礼」「国民の神秘」「新しい政治」「政治の美学」という概念装置を駆使し,政治文化への人類学的アプローチを確立した.この方法論は後の歴史学に多大な影響を与え,新版に収録されたヴィクトリア・デ・グラツィア(Victoria de Grazia)の批判的序論がその学術的遺産を論じている.本書の関心は,長い分裂の歴史を持つドイツ人がいかにして統一国家の概念を受け入れ,その熱狂がいかにナショナリズムの極端な形態へと発展したかという問いである.
『ドイツ思想の危機』が19世紀から20世紀初頭にかけて台頭した「フォルキッシュ(民族的)」イデオロギーの内容を分析したのに対し,本書ではイデオロギーが大衆の日常生活にどのように浸透し意味を持つようになったかを探求している.本書の議論は,ベネディクト・アンダーソン(Benedict Richard O'Gorman Anderson)らが重視した新聞などのメディアの役割に対する批判的視点を提示する.著者によれば,時間の流れを意識させる新聞は,ナショナリズムが必要とする時間を超越したイメージの構築には不向きであった.代わりに決定的役割を果たしたのは,建築,儀礼,大衆参加を通じた「ナショナリスト典礼」であり,これが世俗宗教としてのナショナリズム形成に寄与したという.
国民主義(ナショナリズム)は物質的な関心のみに訴える社会主義よりも影響力のあるもの,あるいは効果的なものであった.この両者はともに密接に結びついていたが,物質的欲求に応えたのは,世俗宗教としての国民主義であった.これは「新しい政治」が最初から十八番(おはこ)とした分野であり,国民主義の儀礼や神話も「新しい政治」の領域にあった
ドイツのナショナリズム形成は国家主導ではなく,詩人,哲学者,教育者,民間団体による非公式な運動として始まった点が特徴的であった.ドイツ帝国もヴァイマル共和国も,過激な国民主義や大衆の熱狂には慎重であったため,こうした運動は国家の枠外で発展した.美学的には,古典主義的建築とロマン主義的要素の折衷が採用され,この傾向はナチズム時代にも継続した.ナショナリズムを根付かせる上で最も効果的だったのは,大衆の積極的参加を促す仕組みであった.戦没者記念碑などのナショナリスト的空間は多くの人々が巡礼し儀礼に参加できるよう設計され,合唱団や射撃クラブ,体操クラブといった団体も国民意識形成の場として機能した.ヒトラーユーゲントの活動もこの伝統の延長線上に位置づけられるものだ.
本書の文化史的アプローチは,ナショナリズム形成においては産業化よりも儀礼や祝祭へのナショナリスト典礼の統合が決定的だったと主張している.また,社会主義・労働運動とナショナリズム/ファシズムの大衆政治が相互に影響し合う中で,ナショナリズムの方が大衆政治のダイナミズムを理解し活用するのに長けていたという分析は重要である.20世紀前半の欧州では,多民族帝国の崩壊と新たな国民主義の台頭,第一次世界大戦後の「民族自決」原則の採用,国際主義的階級闘争との緊張関係の中で,ナショナリズムが最も排他的な形態へと変貌していった過程が,本書の分析によって描き出されている.著者の三部作――『ドイツ思想の危機』『大衆の国民化』『最終解決への道』――は,ナチズムの文化的・知的起源を解明する研究の核心を成し,現代のナショナリズム研究にも大きな影響を与え続けている.
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Title: THE NATIONALIZATION OF THE MASSES - POLITICAL SYMBOLISM AND MASS MOVEMENTS IN GERMANY FROM THE NAPOLEONIC WARS THROUGH THE THIRD REICH
Author: George L. Mosse
ISBN: 9784480510297
© 2021 筑摩書房
