▼『「幽霊屋敷」の文化史』加藤耕一

「幽霊屋敷」の文化史 (講談社現代新書 1991)

 世界一有名な「幽霊屋敷」=ホーンテッド・マンションは,いかにして生まれたのか?ヨーロッパからアメリカを経て東京に至る,怪しさとトリックの秘密に光をあてる知的ツアーにご案内――.

 西洋の「幽霊」という概念は,煉獄や悪魔に見られる崇高と恐怖のロマンスとは趣を異にする.幽玄な存在は,神秘と不安の交錯する空間に漂うが,ゴシック建築が生み出した幽霊屋敷は,美的体験の一環として機能してきた.ディズニーランドの「ホーンテッド・マンション」は,その典型例である.そこには,18世紀のゴシック建築様式と幻想的な視覚効果を融合させた,特異な美意識が息づいている.

 天井の伸びる部屋,無限に続く廊下,降霊術の間であるマダム・レオタの部屋――これらの空間は,身の毛もよだつ亡霊の棲家というより,優雅なビジュアルと巧妙なトリックによって訪問者を愉しませる舞台装置となっている.幻灯機による投影技術――ファンタスマゴリー――は,ホーンテッド・マンションの演出において重要な役割を果たしている.幻灯機を用いた視覚効果は,18世紀末のヨーロッパで広まり,亡霊や怪奇現象をまるで本物のように投影することで観客を魅了した.

この不思議な魅力に満ちた幽霊屋敷について知るのは,まずその外観やインテリアに濃密に漂う妖しげな雰囲気について理解しなければなるまい.そもそもディズニーランドという,明るく清潔な夢の国のなかで,ホーンテッド・マンションという幽霊屋敷は本質的に異質なものとはいえまいか.だが,それにもかかわらずホーンテッド・マンションはディズニーランドというおとぎの国のなかで,誰もが求める要素でもあるように思われるのである

 技術を継承しながら,ディズニーはペッパーズ・ゴーストといった視覚トリックを駆使し,幽霊をリアルに感じさせるエンターテインメント空間を創出した.ホーンテッド・マンションの背景には,ゴシックロマンの精神史が横たわる.ゴシック様式は,ルネサンス期には野蛮と見なされていたが,18世紀に入り,感傷と神秘が交錯する美的ジャンルとして再評価された.この流れは,建築様式のみならず文学や演劇にも波及し,幽霊屋敷という舞台装置が,単なる恐怖の場ではなく,メランコリックな幻想空間として成立する土壌を作り上げた.

 ホーンテッド・マンションは,その精神を受継ぎながら,アメリカ文化の中で独自の進化を遂げる.どこかユーモラスで洗練された恐怖が重視されるキッチュな恐怖感覚は,観客に美的な愉悦をもたらす要素として機能している.ホーンテッド・マンションがいかにして世界一有名な「幽霊屋敷」となったのかを辿ることは,アトラクションの歴史を超え,ゴシック文化の発展やファンタスマゴリーの技術革新,さらにはアメリカ的エンターテインメントの美学に迫る知的探求となる.本書は,幽霊屋敷の建築的トリックを解き明かしながら,その文化的意義を深く掘り下げる,興味深い建築文化論である.

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原題: 「幽霊屋敷」の文化史

著者: 加藤耕一

ISBN: 4062879913

© 2009 講談社