▼『就職氷河期世代』近藤絢子

就職氷河期世代-データで読み解く所得・家族形成・格差 (中公新書 2825)

 バブル崩壊後,未曾有の就職難が社会問題となった.本書は1993~2004年に高校,大学などを卒業した人々を「就職氷河期世代」と定義し,雇用形態や所得などをデータから明らかにする.不況がこの世代の人生に与えた衝撃は大きい.結婚・出産など家族形成への影響や,男女差,世代内の格差,地域間の移動,高齢化に伴う困窮について検討し,セーフティネットの拡充を提言する.統計から見えるこの世代の実態とは――.

 職氷河期世代に関する通説を統計データに基づいて検証した興味深い研究である.1993年から2004年に学校を卒業した世代(1970年~1986年生まれ)を対象に,前期(1993~1998年卒業)と後期(1999~2004年卒業)に分けて分析を行った最大の貢献は,就職氷河期の若年雇用悪化が日本の未婚化・少子化を加速させた,とする通説に対する反証である.データによれば,女性の出生率は1970年代後半生まれの氷河期後期世代において下げ止まり,わずかに上昇に転じている.つまり,雇用状況と少子化の関係は通説ほど単純ではないことが示される.未婚率についても,婚姻届に基づく統計では既婚率が低下しているものの,自己申告による国勢調査データでは就職氷河期世代の未婚率は男女ともに下げ止まっている.

 日本の事実婚の増加を示唆する重要な発見であり,また女性の就労については,新卒時点では男性よりも就職氷河期の影響が大きかったものの,就業率や正規雇用率における世代間格差は数年で解消している.このことは,晩婚化や既婚女性の就業継続率上昇が負の影響を相殺した可能性を示唆していると思われる.格差分析も本書の重要な知見の一つである.日本では就職氷河期以降,所得分布の下位層がさらに低下することで格差が拡大しており,上位層の所得増加による格差拡大が特徴の米国とは対照的である.地域間格差についても,東海と近畿の対照的な状況や,就職氷河期とともに加速した地域間賃金格差の拡大が指摘されている.一方で,本書の政策提言は一般的なセーフティネット拡充の提案にとどまっており,具体的施策についての踏み込んだ議論が不足している印象が拭えない.

 当初は論文として構想されていたこの研究は,出版社の要請により一般向け書籍として再構成された経緯がある.出版社は「就職氷河期世代」というキーワードの社会的関心の高さに着目し,学術的内容を一般読者にも理解しやすく再編集することを提案したという.著者がこの研究を始めた動機には,自身の就職活動における挫折体験がある.著者は自分たちの世代は不運ではないかという認識から出発したが,データ分析を進めるにつれ,その表面的な見方を修正せざるを得なくなったという.後期氷河期世代の適応力と回復力に関する発見は,著者自身の予想を覆すものだった.本書の方法論的な強みとして特筆すべきは,複数の政府統計を組み合わせた分析フレームワークである.

 従来の研究が単一のデータソースに依存していたのに対し,本書は「労働力調査」「国勢調査」「就業構造基本調査」「賃金構造基本統計調査」など複数の統計を横断的に分析することで,より立体的な実態把握を可能にしている.しかし,就職氷河期世代に対する政策提言については,著者は別のインタビューでデータ分析と政策提言のバランスについては今も迷いがある,と述べている.本書が発表された後,政府の「就職氷河期世代支援プログラム」の策定に間接的に影響を与え,地域間格差の分析結果は,地域別の支援策の必要性を政策立案者に認識させる契機となった.本書は「就職氷河期」という言葉に付随するネガティブイメージを超え,高齢化する親世代との関係「8050問題」,低年金・低貯蓄による老後の困窮など,就職氷河期世代が直面する課題は,日本社会の持続可能性を考える上で欠かせない視点を提供している.

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原題: 就職氷河期世代―データで読み解く所得・家族形成・格差

著者: 近藤絢子

ISBN: 4121028252

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