| 南アフリカワールドカップ．フランスは，「史上最も醜い敗退」を喫した．監督侮辱，強制送還，練習ボイコット，キャプテン剥奪，男の嫉妬‥‥世界中に恥をさらしたチームの中で，何が起こっていたのか？「レキップ」紙で２０年以上にわたって代表番を務める名物記者が，事件の真相を明かす――． |
２010年6月17日．フランス代表はメキシコ代表に0-2で敗北を喫し，南アフリカワールドカップからの脱落が決定した．敗北の余韻とともに，フランス国内には怒りと不信の空気が充満し始める．かつて栄光を手にした"レ・ブルー"は世界中の笑いものとなり，敗北は国家の体面を揺るがすスキャンダルへと転化する．フランスサッカーは，音を立てて崩壊した．本書が描くのは，制度的腐敗が導いた必然としての2010年大会である．当時，現地特派員としてチームに密着していた著者は，南アフリカの現場で何が見え，何が聞こえたのかを克明に記録し，帰国後も関係者や当事者の証言を丹念に拾い上げた．選手，監督，協会，メディア，政治，経済といった諸要素が複雑に絡み合うフランス代表チームの考察は，社会学的とも言える構造的分析にまで達している．フランス代表の崩壊は，指導層の機能不全に端を発していた．Fédération Française de Football（FFF）は，組織としての意思決定能力を完全に喪失していた．
会長ジャン＝ピエール・エスカレット（Jean-Pierre Escalettes）は，2008年の欧州選手権で惨敗した後も積極的な改革を怠った．技術部門の責任者たちもまた，選手と監督の対立が露呈してからも，事態を静観し続ける．そこにあったのは責任の空白というより，むしろ責任回避であった．サッカー協会が，しばしば文部省やオリンピック委員会のような準公共機関として機能してきたフランスにおいて，サッカー代表チームは国家的象徴の一部である．ゆえにこの崩壊は，スポーツの範疇を超えた制度的危機を意味していた．監督レイモン・ドメネク（Raymond Domenech）の統治失敗も致命的であった．2006年大会で準優勝に導いた実績を盾に留任したものの，その後のチーム運営には明確なビジョンも一貫性もなかった．信じがたいことに，選手の選考基準が占星術に基づくと報じられ，記者会見で星座の相性を語る場面もあった．これは一部メディアによって戯画的に誇張された側面もあるが，少なくとも監督の決断が合理性を欠いていたことは明らかであった．
選手との信頼関係も脆弱であり，指揮官としてのカリスマ性も欠けていた．ニコラ・アネルカ（Nicolas Sébastien Anelka）がハーフタイム中にドメネクに浴びせたとされる罵倒「おまえのクソ戦術なんかに付き合ってられるか」は，公式には伏せられていたが，L'Équipe紙がセンセーショナルな見出しで一面掲載したことで瞬時に拡散された．選手・監督・メディアの関係性は，報道と真実，情報操作とゴシップの境界を曖昧にする構造的危うさを露呈したが，より根源的な問題は，選手たちの意識と行動にあった．報酬は天井知らずに膨らみ，広告契約やエージェントの影響力は年々強まるなかで，代表ユニフォームに宿るべき誇りや規律は風化していた．国を背負う意識は，選手個人のブランド価値を守ることに取って代わられていた．主力選手たちは，南アフリカ到着時点で個としての立場ばかりを主張し，チームの内政干渉を嫌う空気すらあったという．才能よりも虚栄が先行し，競技への敬意が失われたとき，国家代表という制度は内部から崩壊するという事実を，この大会は可視化してしまった．
2010年のフランス代表が直面した危機は，スポーツの世界で繰り返される栄光のあとに訪れる空虚の典型だった．だが，その空虚を通じてこそ，スポーツの本質や国家との関係性が問い直され，記憶されるべき敗北の裏側にある構造的問題を見逃すべきではない．本書の卓越している点は，こうしたスキャンダルの暴露にとどまらず「その後」をも描いているところにある．恥のバス事件――選手たちがトレーニングをボイコットし，バスに座りつづけたストライキ事件――を，制度的断層の表出として捉え，事実と風評の線引きを行う．事後の混乱のなかでは，選手，協会，政治家，ジャーナリストたちがそれぞれに責任を擦り付け合い，情報戦を展開した．しかし，本書は特定の当事者に断罪を下すのではなく「なぜ，ここまで壊れていたのか」という構造的問いに立ち返ろうとする．スポーツがいかにして国家的アイデンティティと結びつき，またいかにしてその崩壊が社会全体に波紋を及ぼすかを明示する，優れた組織論的ドキュメントである．
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Title: LE LIVRE NOIR DES BLEUS, CHRONIQUE D'UN DÉSASTRE ANNONCÉ
Author: Vincent Duluc
ISBN: 9784062177238
© 2012 講談社
