| シモーヌ・ヴェイユは両大戦の谷間に多彩な軌跡を描いて生き,恵まれぬまま若くして世を去ったユニークな哲学者である.特異な体験と<絶対>を求め続けた稀有の魂の記録は,<状況>に対する衝撃のメッセージとして,多くの人を弾きつけ,揺さぶり続けている.その真理に賭けた人生を紹介し,思想的意義を問うた力作である――. |
ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre),シモーヌ・ド・ボーヴォワール(Simone Lucie-Ernestine-Marie-Bertrand de Beauvoir)と同時代を生きたシモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil)は,その孤高の精神性において一線を画していた.哲学者であり,行動する知識人でもあったヴェイユの思想は,しばしば難解とされるが,それは「神」「時間」「重力」といった根源的概念を,私たちが慣れ親しんだ日常語の延長ではなく,内的体験の延長として扱っていたためである.アンドレ・ジッド(André Gide)が1936年に『ソヴィエト紀行』でソ連体制への幻滅を記した際,知識人社会に激震が走ったが,ヴェイユはそれよりも早く,1920年代末の段階ですでにスターリニズムの圧制的性質を批判していた.
ヴェイユにとって概念とは,生きることと不可分であり,思索とは文字通り自らにとっての真理を実証する行為であった.『マルクス主義研究ノート』において「革命が制度化されるとき,暴力は新たな支配へと変質する」と述べた言葉は,のちにハンナ・アーレント(Hannah Arendt)が展開した全体主義批判にも通じる先見性を示している.ヴェイユの経歴は多面性を帯びている.一時は哲学教師として教壇に立ちながら,自ら希望して未熟練工としてルノー工場のラインに入り,労働の苦しみを実感した.この経験は,代表作『重力と恩寵』のなかで,人間の尊厳を破壊する「機械的な力」として描かれている.スペイン内戦時には共和国側の義勇兵として戦場に赴いたが,視力の問題で事故を起こし,前線を離脱.その後のヴェイユは,自らの無力さを嘆きながらも,フランス政府に対してレジスタンス戦略の提案書まで書き残している.
奇しくも,サルトルはヴェイユの死後,彼女の存在に関心を抱き,『実存主義とは何か』において,倫理的行動を思想に昇華させた存在の希少性を遠回しに認める発言をしている.ただし,サルトルにとっての行動とは政治闘争の文脈であり,神秘主義的内省と断食によって真理の体験に至ろうとしたヴェイユとは,思想の座標軸が根本的に異なっていた.1943年,ロンドンで亡命生活を送っていたヴェイユは,極度の栄養制限を自らに課し,結核の治療を拒否して死を迎える.これを「即身仏」のような自律的殉教と見るか,極端な自己否定の果てとみるかで,評価は分かれる.だが確かなのは,自分自身を欺かないという倫理を,生のすべてにおいて徹底していたという事実である.
ヴェイユの思想は常に「状況」への応答であった.しかもそれは,理屈の応酬ではなく,飢え,労働,戦争,苦悩といった具体的現実との格闘のなかで練り上げられていったのである.彼女が遺した言葉「苦しみは重力である」は,詩的直喩ではなく,すべての人間に無差別に降りかかる力=重力を神的恩寵によって超克しようとする,壮絶な哲学的飛翔の試みであった.思想とは血肉であり,人生の痕跡である.シモーヌ・ヴェイユは両大戦という歴史の峡谷を生きながら,自らの内面において絶対を求め続けた.現実から目をそらさず,しかも現実を超えようとした彼女の哲学は,いまなお「許しがたい状況」に生きる人々の心に,驚きと共感の閃光をもって届いている.
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原題: シモーヌ・ヴェイユ―その極限の愛の思想
著者: 田辺保
ISBN: 9784061155657
© 1968 講談社
