| 第1章 17世紀までの民衆娯楽――第2章 祝日の暦――第3章 スポーツと遊戯――第4章 娯楽の社会的環境――第5章 娯楽の社会的機能――第6章 基盤を失う民衆娯楽――第7章 攻撃される民衆娯楽――第8章 変化する社会――. |
近代期以前,イギリス社会には,人々の生活と密接に結びついた豊かな「娯楽」が存在していた.村落の広場を舞台に踊られるダンス,収穫を祝う酒宴,牛や熊を相手にした血なまぐさい見世物,さらには町中を混乱させるようなフットボールや牛追いといった騒乱的な祝祭――これらは,地域共同体の秩序や連帯を形成する伝統的実践であった.本書は,娯楽文化の変遷を,歴史学的な手法で丹念に跡づけ,合理主義と産業化がもたらした近代社会の価値観と,伝統的娯楽のあいだに生じた深い断絶を描き出す.
娯楽の衰退とは共同体の構造変化,宗教観の変容,何よりも階級イデオロギーの変化と密接に関係していることを示している.構成としては,第1章で17世紀以前の民衆娯楽の全体像が提示され,第2章以降では祝祭日やスポーツ,社会的機能など多角的に分析が加えられる.第5章で論じられる娯楽の「社会的機能」――階級秩序の再生産や地域社会の再統合における娯楽の役割――は,中心的な主張を担う部分である.とはいえ,全体構成にはやや難がある.前半の記述は緻密かつ資料に即しており魅力的だが,後半に進むにつれてやや抽象的で散漫になる印象は否めない.
膨大な一次資料を駆使しているがゆえに,情報の整理と焦点の絞り方に課題が残る.第6章から第8章にかけての記述は,社会構造の変化と娯楽の衰退を結びつける理論的枠組みにおいて,より明確な道筋を提示していれば,読者の理解は一層深まったはずだ.第8章で提示される「伝統的娯楽の掃討によって生まれた真空」は,興味深い視点である.娯楽の抑圧によって生まれた空白地帯が,どのように新たな文化的実践や社会統制の契機となっていったかを問う本章は,近代文化批判の文脈において示唆的である.娯楽という「軽視されてきた主題」を歴史学の中心に据えた点で,本書は記念碑的意義をもつ.
民衆の娯楽は,ほとんど何も残さない遊びの世界の,ただつかのまのできごとなどではない.それは社会の全領域の現実と切り離すことのできない,基本的な社会行為なのである…中略…社会の全体構造に織り込まれ,そしてその意味をそこからひきだしているのである
従来の政治史や経済史が等閑視してきた感情や遊び,笑い,騒音といった日常の身体的経験を扱った点において,本書はイギリス社会史の地平を拡張した.英国における熊掛け(bear-baiting),牛掛け(bull-baiting)は,今では残虐とされるが,かつては法廷の近くに専用の劇場があったほどで,国家公認の娯楽でもあった.ロンドンのバンクサイドにあったベア・ガーデンは,シェイクスピア劇場と並んで人々を惹きつけるエンタメ空間だった.こうした事実からも,娯楽が政治や都市構造とも密接に関わっていたことがうかがえる.
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Title: POPULAR RECREATIONS IN ENGLISH SOCIETY 1700-1850
Author: Robert W. Malcolmson
ISBN: 4582473253
© 1993 平凡社
