| 科学技術が無秩序に発展し,高度に専門化してしまったことによる弊害が如実に現れている今こそ,科学の限界を見据える視点が求められている.その限界を,人間が生み出すものとしての限界,社会が生み出すものとしての限界,科学に内在する限界,社会とのせめぎ合いにおける限界の四つに分けて考察する.原子力エネルギーの利用に警鐘を鳴らしてきた著者が,3・11以後における科学の倫理を改めて問い直し,身の丈に合った等身大の,社会と調和のとれた科学を提唱する――. |
近代科学の祖ルネ・デカルト(René Descartes),近代科学の父アイザック・ニュートン(Isaac Newton)が打ち立てた「要素還元主義」は,世界を分解可能な構成要素として捉え,部分の理解が全体の把握に至るという論理的枠組みを提供した.デカルトは『方法序説』において,複雑な問題を単純な要素に分解する分析法の重要性を説き,ニュートンは自然界の運動を数学的に記述することにより,世界を一冊の「自然の書物」として読み解く姿勢を明確にした.この方法論的飛躍は,精神と物質の峻別を促し,「科学的思考」が哲学や神学から独立する礎となった.
17世紀当時のイギリス王立協会は,実験科学を「趣味」「アマチュア」の領域と見なし,科学はしばらくの間,正統な学問の周縁に置かれていた.王立協会のモットー"Nullius in verba"(誰の言葉も鵜呑みにするな)は,既存の権威からの自立を掲げる一方で,彼らの活動が好奇心の遊戯として笑われたという逸話も残る.こうした周縁性を克服し,20世紀には科学は政策や産業,軍事,教育に至るあらゆる制度の根幹を担う知見の供給源としての地位を確立するに至った.その急成長が指数関数的であったとされる一方で,近年ではむしろ飽和に達しつつあるとの見解が指摘されている.筆者はこの動向を,ロジスチック曲線の終点に近づいた「鈍化」と評し,知の成長が量的には膨張しても,質的な飛躍が乏しくなっている現状を憂慮する.
実際,ビッグサイエンスと呼ばれる国家主導型の大規模研究プロジェクトは,第二次世界大戦期のマンハッタン計画を起点とし,冷戦期には宇宙開発や原子力に代表される巨大技術を生み出してきた.同時に,科学の公共性や倫理性を問う多くの矛盾を内包していた.科学は社会との関係性のなかで発展し続けてきたが,その発展が高度に専門化し,不可視化された知識の断片へと収斂していくにしたがって,科学と社会のあいだには深刻な「調停不全」が生じている.海図が手にないまま,座礁覚悟で通過しなければならない危険海域「ホーン岬」に科学は差し掛かっているのである.
ここでは「限界」を4つの視点から再定義している.すなわち,【1】人間が生み出すものとしての限界,【2】社会制度が規定する限界,【3】科学に内在する方法論的・論理的限界,【4】科学と社会のせめぎ合いのなかで浮上する相互規定的な限界である.これらの作用が錯綜するなかで,科学者と市民との新たな協働関係,すなわち「科学民主主義」の構想が求められている.本書は単なる科学史や技術論にとどまらず,知の構造そのものに対するメタ的な再帰を促す.合理性の先にある不合理,進歩の果てに待つ退廃,それらを見据える冷静な眼差しこそが,21世紀の科学に最も必要とされる倫理的資質かもしれない.
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原題: 科学の限界
著者: 池内了
ISBN: 9784480066909
© 2012 筑摩書房
