| 夫としても父親としても完璧なミカエル,美しい妻のサラと可愛い2人の娘.一家は幸福そのものだった.しかし,軍人のミカエルがアフガニスタンへ派兵され,突如もたらされた訃報によってその幸せな暮らしは一変する.悲しみに暮れるサラと娘たちを支えたのは,刑務所帰りで,今までは常にトラブルの種だったミカエルの弟ヤニックだった.ようやく平穏な日々が戻りつつあった矢先,戦死したはずのミカエルが帰還する…. |
アフガニスタン紛争は,北大西洋条約機構(NATO)史上初めて,集団的自衛権に基づいて発動された軍事行動であった.2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件は,国際的安全保障の枠組みそのものを揺るがし,従来の戦争とは異なる「非対称戦争」に各国が巻き込まれる嚆矢となった.ボン合意を受けて設置された国際治安支援部隊(ISAF)は,国家再建,テロ対策,麻薬撲滅といった複雑なミッションを担った.この枠組みにおいて,デンマークはNATO加盟37カ国中で派兵数,戦死者数ともに最多という貢献を果たした.750名という派遣兵士の数は,国としての規模と人口比を考えれば,小国の軍事的責任の重さという歪みを如実に物語っている.
アフガニスタンに派兵された善良な家庭人ミカエルは,地獄のような戦場を奇跡的に生き延び,叙勲を受けて帰国する.しかし,彼が母国に持ち帰ったのは,名誉ではなく,魂を引き裂く忌わしい記憶と悔恨であった.従来のPTSD描写の枠に収まる作品は枚挙にいとまがないが,本作はその形式を逸脱し,極限状況下で人間が踏み越えてしまう倫理の一線と,その後に続く自壊と破滅を描き出す.ミカエルは,飢餓と恐怖のなかで同胞を撲殺するという極限の選択を迫られた.その苦悩は,帰還後に顕在化する.凱旋した英雄と,狂気に取憑かれた殺人者――両極のあいだで揺れ動く彼は,ついに子どもたちの前で獣のように咆哮し,愛する者たちを恐怖に陥れる.
スサンネ・ビア(Susanne Bier)は,幸福な共同体の内部に忍び込む不条理を描き続けてきた.麦畑の夕暮れ,風に揺れる麦の穂に重なるモノローグが幾度か挿入される.家族への普遍的な愛の確認であると同時に,二度と取り戻せぬ幸福への哀悼でもある.だが,この一家を観る者の背筋を凍らせるのは,捕虜の虐待や殺し合いの凄惨な場面ではない.家に戻ったミカエルを従前の温かい夫,優しい父と信じる家族が1つのベッドで横たわり身を寄せ合う情景である.なんという狂気の描き方を可能にする映画だろうか.
ビアはかつて「私は,人生の底で人がどれだけの光を探せるかに関心がある」と述べたことがある.この観点で描かれる暴力とは,人間関係の最も親密な場所において発現するものだ.アフガニスタン紛争という事実を背景にしながらも,人間の本質的な善意が,予測不可能な形で歪む瞬間を問いかける.その問いかけは解を求めるものではなく,観客の内に深く沈殿する.菩薩のごとく夫を抱擁する妻サラの肩にすがりつき,幼児のようにミカエルは泣き崩れる.個人の選択では制御しきれない運命の不条理,狂気を超えた愛の形を希求しつづけるフィナーレは,まさに圧倒的というほかない.
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原題: BRODRE
監督: スサンネ・ビア
117分/デンマーク/2004年
© 2004 Two Brothers Ltd.
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