▼『ガリレオの苦悩』東野圭吾

ガリレオの苦悩 (文春文庫)

 "悪魔の手"と名のる人物から,警視庁に送りつけられた怪文書.そこには,連続殺人の犯行予告と,帝都大学准教授・湯川学を名指して挑発する文面が記されていた.湯川を標的とする犯人の狙いは何か?常識を超えた恐るべき殺人方法とは?邪悪な犯罪者と天才物理学者の対決を圧倒的スケールで描く,大人気シリーズ第四弾――.

 系の知識を駆使したミステリーこそ,東野圭吾の真骨頂であると考える読者層は厚い.社会派小説における冴えも見逃せないものの,やはり事件を理路整然と捌いてみせる若手物理学者の頭脳――「ガリレオ」こと湯川学の存在こそが,東野ミステリーの本懐であることに疑いはない.ガリレオ・シリーズは,1998年刊行の短編集『探偵ガリレオ』で産声を上げた.当初,湯川はそれほどシリーズ化を意図されたキャラクターではなかったという.だが,理系アプローチで事件を解決する鮮烈な手法が読者の支持を集め,次第に続編が書き継がれることになった.

 本書は,理論的解明を主軸とした短編形式を踏襲している.湯川の論理が切り込んでいく対象は超常現象や心霊といった非科学的な事象であり,そこには「科学的手法による現実の解明」という,シリーズ一貫のテーマが見て取れる.トリックを手短に暴露し,余韻よりも思考の快感に重きを置くこの構成こそ,ガリレオが活躍する舞台として最適である.シリーズが長篇に展開された例としては,『容疑者Xの献身』『聖女の救済』が秀逸だった.いずれもトリックそのものは比較的シンプルであるが,重層的な人間関係を絡めて厚みを持たせた点が特徴的であった.しかし,湯川の内面や人間性に興味を抱かない読者にとっては,むしろ短編形式における簡潔な展開にこそ魅力を見出すだろう.

 本書に収められた5篇のうち,書き下ろしである「指標す(しめす)」は事件とその解明ともに小粒な印象を免れない.だが,恩師の家で起きた密室めいた現象を扱う「操縦る(あやつる)」,そして"悪魔の手"を名乗る人物が事故に見せかけて殺人を実行していく「攪乱す(みだす)」は,プロットの緻密さで読ませる.一方,シリーズに付きまとう弱点して,湯川の取り巻きである刑事たちの自己主張が鬱陶しい.物語の構造上,彼らは無名のままでも機能する.特に短編集では,登場人物の記号的配置がより顕著であってほしいものだ.

 奇妙なのは,文庫版におけるプロモーションである.カバー裏や帯では,なぜか「攪乱す(みだす)」のみが強調され,あたかも長編であるかのような印象すら与えている.読者の中には『容疑者Xの献身』『聖女の救済』に続く長篇を期待して購入した者もいるはずで,誤認により失望を招いた可能性も否定できない.シリーズ作品においては読者との期待値の共有が重要なため,このようなプロモーションは見直すべきだろう.科学者が知識を正義に転じる際に抱える内的葛藤――その陰影は,湯川というキャラクターにも影のように射している.科学の明快さと人間の曖昧さ.その交差点にこそ,東野圭吾が仕掛ける知的ミステリーの魅力があるのだ.

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原題: ガリレオの苦悩

著者: 東野圭吾

ISBN: 9784167110130

© 2011 文藝春秋