▼『オシムが語る』シュテファン・シェンナッハ,エルンスト・ドラクスル

オシムが語る

 故国,戦争,人生,そしてサッカー‥‥哲学者監督が語りつくす「サッカーと人生」.ロングインタビューによって明かされていくオシム監督の思想.自らを「ペシミストの無神論者」と語るオシムが,サッカーのみならず,政治・宗教・グローバリズムについても,その思想を激白――.

 ラエヴォのグラブヴィツァ地区で生まれ,バルカン半島の多民族的矛盾と不確実性の中で育まれた知性は,文化的橋渡し人としての存在感を放った.イビチャ・オシム(Ivica Osim)の人生を彩るエピソードとして忘れてはならないのは,1992年,ユーゴスラビア内戦勃発の最中に,ユーゴ代表監督としての地位を自ら辞した決断である.「私はその瞬間,指導者であることよりも,人間であることを選んだ」.この言葉は,後進の監督たちにも深く刻まれた.後にクロアチア代表監督を務めたスラヴェン・ビリッチ(Slaven Bilić)は,オシムを「知性と良心のシンボル」と称えた.日本代表監督としてのオシム時代にも,逸話は尽きない.

 オシムは合宿中,選手に向かって述べた.「勝つことが大事ではない.君たちが何を考えてこのピッチに立っているか,それが大事だ」.それは抽象的なテーゼのように思われたが,選手たちの意識に深く浸透し,中村俊輔や遠藤保仁らは,オシムの言葉を理解するには,考えることをやめてはいけないと回想するようになる.オシムは日本語を覚える際,「考える」という動詞を最初に覚えたという.オシムの戦術哲学は,戦術ボードの線だけでは説明できない「直観と全体性」に立脚していた.しばしば「論理よりもバランス」「ポジションよりも関係性」と語っていたオシムが提唱した「考えるサッカー」は,ボールを持っていない選手の動きに価値を置く点で,当時の日本サッカーに一石を投じた.

 こうした周縁の意識は,若い頃に夢中になって読んでいた詩人ヴァスコ・ポパ(Vasko Popa)の詩的構造から着想を得たとも言われている.オシムは文学とサッカーの間にある精神構造の類似性についても深く考察していた.若き日の彼は哲学と数学の両方に秀でており,「戦術とは抽象概念の可視化だ」と述べたことがある.チームの組織を関数として捉え,変数=選手の配置や思考の相互作用を解析する姿勢は,まさに数学的想像力の産物であった.阿部勇樹は,オシムは問題を出す監督であり,答えを教えるのではなく,どう問いを立てるかを教えたと証言している.

慎重に言葉を選んだのは事実だろうが,オシムは本書の中で随所で大胆に踏み込んだ発言をしている.たとえば宗教についても,「自分は実を言えば無神論者である」と言い切っている(本書一二二ページ).文脈を読み解けば,オシムは虚無的な唯物論者ではなく,宗教を利用して戦争に導いた人間を非難こそすれ,真摯に宗教を信じる人にはしっかりとリスペクトを払っていることが分かる

 オシムにとってサッカーとは生きることそのものであり,沈黙の中にこそ雄弁な思想が宿っていた.その人生において特筆すべきは,全民族から尊敬された稀有な人物であった点である.バルカンにおける民族対立の中で,オシムは一貫して政治的中立を貫きながらも,文化的対話を促す象徴であり続けた.葬儀には,セルビア人,クロアチア人,ボシュニャク人が同席し,沈黙の中でオシムに敬意を表した.旧ユーゴ圏では,同じ空間に三民族が静かに並ぶなど,きわめて稀である.本書の新版は,オシムのグラーツ時代の成功と,日本での思想的実践,さらに病後の静かな闘いを丁寧に追っている.分断された世界においていかに人間が対話を継続できるか,倫理の教科書とも言うべき一冊である.

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Title: IVICA OSIM - DIE WELT IS ALLES WAS DER BALL IST

Author: Stefan Schennach, Ernst Draxl

ISBN: 4797671548

© 2006 集英社インターナショナル