■「リトル・ブッダ」ベルナルド・ベルトルッチ

リトル・ブッダ 【HDマスター】 [Blu-ray]

 アメリカのシアトルに住む9歳の少年ジェシーは父親と母親と暮らす典型的な現代っ子.ある日,一家の前にラマ・ノルブほか4人のラマ僧が訪れた.ノルブは,ジェシーがブッダの魂を受け継いでいた高僧ラマ・ドルジェの生まれ変わりであると告げる.動揺する両親だったが,ジェシーはそのことを静かに受け入れ,仏教に興味を示していく….

 アトルの平凡な夫婦のもとで育つ9歳の少年は,ラマの高僧の生れ変わりであった――大乗仏教に属するチベット仏教「活仏転生」の教義を軸に展開される文芸映画である.ただし,本来「転生霊童」とは,高僧の遺言から49日以内に生まれた乳児でなければならず,9年もの歳月を経てようやく発見されるという設定は,教義上は異例である.輪廻転生の対象が,菩薩の化身たる絶対的存在であるという,本作独自の宗教的解釈が反映されている.尊師の精神は肉体・魂・言葉という三位に分かれ,それぞれ異なる3人の子供に宿ったとされる.ジェシーはそのうちの1人として,2人の候補者とともに"試練"を受け,正式な後継者認定を目指す.この過程が20世紀末のシアトルを舞台とする縦軸の物語である.

 一方,横軸として釈迦の生涯――四門出遊,四苦八苦,縁起の悟得,解脱への道――が絵巻物風に描かれる.両者は交差し相互補強する構成を志向しているが,実際には別々に進行し,交響には至らない.映像面では,舞台と時代を識別しやすいよう,シアトルの現代は冷たい青,古代インドの王城は黄金色,現代のブータンの寺院は重厚な赤で色調が塗り分けられている.視覚的な区別は明瞭だが,それ以上に立体感や奥行きをもたらすには至っておらず,単純な装飾的効果にとどまっている.尊師の精神が3つに分かれて宿るという設定も,キリスト教の三位一体――父と子と聖霊――を換骨奪胎したかの印象を免れず,文化間の融和というより,表層的な接合である.

 本作の最大の功績は,釈迦を演じたキアヌ・リーヴス(Keanu Reeves)の存在感に尽きる.神秘的なアルカイックスマイルを湛えた眼差し,弓なりの眉,柔和な唇の曲線,清澄な輪郭,穏やかな頬の張りはいずれも,神性そのものを体現しており,仏陀の化身と呼ぶにふさわしい気高さを備える.キャリアの転機にあたる時期に,内面的演技を要する本作の釈迦役を引き受けたことは,後年のリーヴスの静謐な英雄像の原型を形作ったともいえる.釈迦の生涯を描くロケ地には,ブータン西部の壮麗な城塞建築リンプン・ゾンが選ばれている.リンプン・ゾンは「宝石の山の城」と呼ばれ,パロ県の県庁および県内最大の寺院として知られる.四天王像や六道輪廻図,甘露の十三印相(カンロプ・チュスム)を描いた回廊は,ブータン仏教美術の粋を集めたものである.

 シアトルから到着したジェシーがこの回廊に立つ.ベルナルド・ベルトルッチ(Bernardo Bertolucci)がオリエンタルな情緒に細部までこだわった美意識が強く感じられる作品である.撮影当初,ベルトルッチはチベットへのロケを熱望していたが,当時の中国政府が一切の撮影許可を拒絶し,やむなくロケ地をブータンに切り替えた経緯がある.この中国政府の拒否は,当時のチベット問題の国際的緊張を背景にしており,芸術表現に対する政治の影が色濃く差した事例として,映画史においても記憶される.ジェシー役には当初,別の子役が予定されていたが,撮影直前で交代したという.この交代劇は,実際には映画内の"本物の転生者とは誰か"というテーマと奇妙な符合をみせ,製作チームの間では現実が映画を模倣したと半ば冗談めかして語られた.

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原題: LITTLE BUDDHA

監督: ベルナルド・ベルトルッチ

141分/イギリス=フランス/1993年

© 1993 Miramax Films