▼『動物と戦争』アントニー・J・ノチェッラ二世,コリン・ソルター,ジュディー・K・C・ベントリー〔編〕

動物と戦争: 真の非暴力へ、《軍事―動物産業》複合体に立ち向かう

 人間中心の平和主義を超えて「人間の,人間による,人間のための平和思想」には限界がある.“非暴力”“平和”の概念を人間以外の動物の視点から問い直す――.

 間中心の軍事史において長らく不可視化されてきた「非人間の兵士たち」.画期的かつ挑発的な論考は,軍事-動物産業複合体(military-animal industrial complex)という概念を提示し,兵器や医療,訓練,輸送などあらゆる軍事的局面で動物がいかに搾取されてきたかを構造的に暴く.収録された各章には,衝撃的かつ綿密に検証された実例が並ぶ.第二次世界大戦中,ナチス・ドイツやソビエト連邦が犬に爆薬を取り付けて戦車に突撃させた事例は,動物の生命を戦術装置として冷酷に扱う発想を如実に示す.湾岸戦争では,アメリカ海軍がイルカに敵潜水艦の探知や機雷除去を行わせる「海洋哺乳類計画」を実施しており,"戦死"を前提とした任務すら与えていた.

 古代から現代まで,鳩は伝令として使われてきたが,第一次大戦中に英雄として勲章を授与された鳩「シェル・アミ」は,負傷しながらもメッセージを届けた功績によって,アメリカ軍の伝説として語り継がれている.動物の軍事利用はしばしばイノベーションとして語られるが,本書はそれを非人間的な搾取として鋭く指摘する.第一次世界大戦で動員された馬の数はイギリス軍だけで200万頭を超え,そのうち生還したのはわずか6万頭未満であったという.戦場で負傷した馬の手当のために馬用の移動手術車までが開発されたが,人間の道徳性の証明というより,戦争がどれほど動物を不可欠な資源として"制度化"していたかを示す資料と見なければならない.

 数々の事例は,戦争における「見えざる犠牲者」として,暴力がいかにして人間以外の存在にも及んでいるかを明示する.重要なのは,その搾取構造を倫理的に告発するだけでなく,動物を消費する制度が人間への暴力にも直結しているという論理を展開している点にある.動物を「モノ」として扱う思想は,しばしば敵兵や異民族,さらには障害者や女性といった「周縁化された存在」に対する非人間化の思想と表裏一体である.すなわち,本書は動物倫理の範疇にとどまらず,人間社会における暴力の拡張性そのものを問う政治的テクストなのである.巻末の「結論」は,理想主義的平和論ではなく,戦争という制度が依拠するあらゆる暴力構造を根底から批判するラディカルな提言である.

 本書で提示されるのは動物の解放なくして人間の解放もありえない思想であり,近年急速に展開されているクリティカル・アニマル・スタディーズ(批判的動物研究)と重なる.推薦文には,PETA創設者で動物解放運動のアイコン的存在イングリッド・ニューカーク(Ingrid Newkirk),文化批評家トビー・ミラー(Toby Miller)といった多様な思想家が名を連ねている.戦争における暴力の本質を動物から照射するという視点は,これまでの戦争研究の「暗黙の前提」を根底から揺るがすものであり,本書は今後の平和思想実践の座標軸として,一定の位置を占めることになるだろう.

++++++++++++++++++++++++++++++

Title: ANIMALS AND WAR - CONFRONTING THE MILITARY ANIMAL INDUSTRIAL COMPLEX

Author: Anthony J. Nocella II, Colin Salter, Judy K. C. Bentley

ISBN: 9784794810212

© 2015 新評論