▼『ハマータウンの野郎ども』ポール・ウィリス

ハマータウンの野郎ども ─学校への反抗・労働への順応 (ちくま学芸文庫)

 イギリスの中等学校を卒業し,すぐに就職する労働階級の生徒のなかで,「荒れている」「落ちこぼれ」の少年たち=『野郎ども』.彼らのいだく学校・職業観はいかなるものか?学校はどのような進路指導をしているのか?彼らの形づくる反学校の文化-自律性と創造性の点で,たてまえの文化とはっきり一線を画している独自の文化を生活誌的な記述によって詳細にたどり,現実を鋭く見抜く洞察力をもちながらも,労働階級の文化が既存の社会体制を再生産してしまう逆説的な仕組みに光をあてる――.

 育社会学と文化研究の接合点において洞察に富む名著.イングランド労働者階級の町ソーホーにあるセカンダリー・モダン・スクールを舞台に,白人労働者階級の少年たち,通称"野郎ども"(lads)の言動と思想をエスノグラフィー的に記述しながら,彼らがいかにして自ら進んで底辺職に向かっていくのかを分析する.最大の貢献は,労働者階級の子弟が教育制度を通じて階層構造を再生産する過程を,マルクス主義の階級理論だけでなく,カルチュラル・スタディーズ的視点から精緻に捉えた点にある.すなわち,文化は抑圧の受け皿ではなく,能動的な意味形成の場である.野郎どもは教師や優等生的な同級生を嘲笑し,学校文化の権威構造に反抗する.

肉体労働は家父長の社会的優位と結合し,精神労働は家父長に服従すべき女性の社会的劣位と結合する.この文脈においては,肉体労働こそが,その現実的内容がそうである以上に,男性的な威厳を帯びた職域として観念されるのである

 「反抗」は決して解放へと導く革命的契機ではなく,むしろ彼らを不熟練労働者へと導く「準備」であったという逆説が,著者の指摘である.本書は,「貧困ゆえに進学できない」「家庭が教育熱心でない」という説明にとどまらない.野郎どもは学校の中で形成される「反学校文化」において,ユーモア,皮肉,暴力的マチズモなどの手段で相互承認を得つつ,自らのアイデンティティを確立する.ところが,この文化は結果として,既存の資本主義社会における「労働者としての順応」を内面化させる方向に機能する.この現象を文化の行為的再生産(cultural production of reproduction)と呼ぶ.構造主義的な因果論に陥ることなく,文化の自律性と社会構造の拘束力の間を縫って,教育と労働の連関を精緻に記述する概念である.

 1970年代末の発表当時,この視点は極めて先進的だった.本書はバーミンガム学派,スチュアート・ホール(Stuart Hall)らが牽引するカルチュラル・スタディーズの中でも,もっとも鮮烈なフィールドワークの成果として位置づけられる.著者はこの調査に約18か月を費やし,野郎どもと信頼関係を築くために「不良風」にふるまう必要があった.録音された会話には生の言語が含まれており,それはしばしば下品かつ挑発的だが,そこには独自の美学と論理が宿っている.しかも,その言葉遣いやジョークは,決して無知の産物ではなく,ある種の社会認識の形式でもある.タイトル"Learning to Labour"(働くことを学ぶ)の裏には,「労働者になることを学習させられている」というアイロニーが隠されている.

若者たちが手の労働に自足しようとするのは,頑迷なものの考え方にわざわいされてまったくの支離滅裂に陥っているからでもないし,深く刻み込まれたイデオロギーが彼らを無知にとどめているからでもない.そこには,異教的ともいえる世俗の文化が働いている.それは無意味な混沌でもないし,他人の意味付けに支配されてもいない.自前の文化であるだけに自明のものとして,それは実践のうちに生かされるのである.それは,実践者たちの主観においては深刻な学習の過程であり,そのようにして将来を模索しながら主体のかまえを築きあげるのである

 教育の現場は知識の伝達ではなく,階層的秩序の内面化を担う装置というこの逆説的な視座は,後の教育批判や階級論にも強い影響を与えた.「模範性」「成功」への希求を,欠如としてではなく,「拒否」として読む視点を提示する.野郎どもは「できない」のではなく,「やらない」のであり,その選択には彼らなりの合理性と文化的正当性がある.にもかかわらず,その文化は結局のところ,彼らを「下部生産関係」という社会構造の底辺へと再び吸収してしまう.この悲劇的ともいえるプロセスは,文化と構造の錯綜する関係を露わにしている.現代においても,本書の意義は失われていない.とりわけ新自由主義のもとで教育の市場化が進む今日,「選択」「努力」といった理念が強調される一方で,構造的な再生産の問題はますます見えにくくなっている.

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Title: LEARNING TO LABOUR

Author: Paul E. Willis

ISBN: 4480082964

© 1996 筑摩書房