| 19世紀のフランス.若き軍人エルヴェは,美しいエレーヌと恋に落ち結婚する.幸せな新婚生活もつかの間,エルヴェは蚕の調達のため,遥か極東の地・日本へ旅立つことに.見たことも聞いたこともない異国の地へ,遠く険しい道のりを進んだエルヴェだったが,案内された小さな村で,取引相手の妻として仕える絹のような肌を持つ謎めいた少女に魅せられる.彼女を忘れられず,命を賭けて何度も日本へ渡るエルヴェ.そんな夫を静かに見守り,変わらぬ愛で彼の帰りを待ちわびるエレーヌ.ふたりの愛はどこに辿り着くのか…. |
泉鏡花の幻想世界を思わせる,深い霧に包まれた映像譚である.山形の秘境に湧く湯に身を沈める少女の肌は,絹のように繊細で艶めいており,フランス人青年エルヴェは抗い難く魅入られていく.彼が目にするのは,異国の風景ではなく,触れれば壊れそうな夢幻である.本作は,フランスの鮮やかな緑と,日本の水墨画のような静謐という対照的な景色を巧みに編み込みながら,ふたつの国にそれぞれ存在する女性の美を重ね合わせる.
背後には,蚕卵を母国へ持ち帰るという使命すら霞ませる,エルヴェの執着と欲望がある.霊妙なまなざしを湛えた少女の眼差しに射られたエルヴェはついに,妖艶な美の淵へと沈み込んでいく.妻エレーヌが愛した百合の花は,物語終盤,庭園で静かに咲き誇り,まるで彼女の生命の代弁者のように佇む.しかし百合はまた,日本においては美女の立ち姿を象徴する比喩でもあり,歩く姿には百合,座す姿には別の花を重ねるという古い言い習わしを思い起こさせる.
文化の差異を越えて,美に寄せる感性が響き合う.本作は,当時の蚕種輸出の国際協定,微粒子病の蔓延,山形から横浜に至る過酷な密航の道程といった歴史的背景に触れつつも,それらの説明をあえて最小限にとどめている.観る者が理知よりも感性に導かれ,美と夢幻に包まれた東洋へと分け入る余地を残すためであろう.西洋から見た大八洲(おおやしま)の価値観もまた,論理的説明を排して,ひたすら美の追求という一点に絞られて示される.
本作において登場人物たちは,安易なヒューマニズムを語ることを許されない.その無言性こそが,映像に漂う妖艶な雰囲気を守り抜くための鍵となっている.バルビゾン派の絵画を一枚ずつ繰るようにして展開される情景は,ストーリーの筋道ではなく,感覚の連なりとして鑑賞者の記憶に刻まれる.理屈ではなく,感応によって観るべき映画であり,その沈黙の深みによって,静かに幽玄たる美を語る作品である.
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原題: SILK
監督: フランソワ・ジラール
109分/カナダ=フランス=イタリア=イギリス=日本/2006年
© 2006 Rhombus Media Inc. / Productions Soie Inc. / Fandango S.R.L. / Bee Vine Productions Inc.
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