■「フォーリング・ダウン」ジョエル・シューマカー

フォーリング・ダウン [Blu-ray]

 "D-フェンス"と名乗る男がいた.非常に厳格で几帳面な上に,自分の価値観をハッキリと持った彼が,ある日突然,渋滞する道路に車を乗り捨てると歩きはじめた.別れた妻の元にいる幼い娘に電話をするために,両替してもらおうと入ったコンビニエンス・ストア.そこで邪険にされたことから,彼の怒りは爆発.些細な出来事は,やがて市民を震え上がらせる事件に発展していく….

 会的・心理的崩壊の臨界点を静かなる狂気とともに描いた問題作である."D-フェンス"は,典型的な中流白人男性であり,外見上は穏やかな元軍需産業の会社員だ.この「普通さ」こそが,アメリカ社会における構造的な病理の顕現であるという点に,本作の切実なテーマがある.D-フェンスが怒りを爆発させるきっかけは,表面的には日常の些細な不快の連続にすぎない.韓国系商店主による不当な価格設定,朝食の提供時間を過ぎたファストフード店,偏見に満ちた銃砲店の経営者など,彼の怒りは一見して社会の理不尽に向けられているように見える.

 中年男の内面の根幹には,自らが社会から排除され,無価値な存在へと変じたという深い被害者意識,失職・離婚・娘との断絶という絶望が横たわる.面会禁止命令が出ているにもかかわらず,自宅前で娘の誕生日を祝おうとする姿には,歪んだ愛情と自己正当化でしかない.アメリカ社会における「沈黙する中流」が抱える怒りの噴出である.80年代のレーガン保守以降,WASP的価値観を象徴する「努力すれば報われる」幻想が音を立てて崩れた90年代初頭,社会の構造的変化に適応できず,行き場のない不満と絶望を抱えた人々は少なくなかった.その意味で,D-フェンスはある種の時代精神を体現している.この作品の撮影は1992年のロサンゼルス暴動の直後に行われた.

 劇中の舞台がまさにその緊張感のただなかにあるロサンゼルスであることは,偶然ではない.暴動の根底には人種差別,経済格差,警察の暴力など,まさにD-フェンスがぶつかっていく社会の不条理があった.彼の暴走は,そうした社会の矛盾を個人の行動に集約した寓話的表現でもある.D-フェンスの「武装」もまた象徴的である.最初は野球バット,次にナイフ,やがて銃と,得物がエスカレートしていく過程は,怒りと自我肥大の進行に比例している.だが,この過程が映画内で説明不足であることは否めず,わらしべ長者的な交換によって装備がアップグレードされていく描写を丁寧に描いていれば,内面的変化を明瞭に浮かび上がらせることができただろう.

 終盤,ロバート・デュヴァル(Robert Selden Duvall)演じる退職間際の刑事プレンダーガストと対峙する場面で,D-フェンスは「自分が悪者だったのか?」と呟く.これまでの彼の行動が自覚なき独善によるものであったことを示す痛ましさが凝縮されている.問いに対して,映画は明確な答えを示さない.それは,観客自身に社会との関わり方,自らの立ち位置を問い直させるためであろう.一見して痛快復讐劇の様相を呈するが,見れば見るほど痛々しく,苦味を増していく.観る者は心のどこかでD-フェンスに共鳴してしまう.その共感は,決して肯定を意味せず,むしろ,社会のひび割れを内面化した結果であることを痛感させられるのだ.

フォーリング・ダウン [Blu-ray]

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原題: FALLING DOWN

監督: ジョエル・シューマカー

118分/アメリカ/1993年

© 1993 Alcor Films,Canal+,Regency Enterprises,Warner Bros. Pictures