■「金環蝕」山本薩夫

金環蝕 [DVD]

 保守政党の総裁選挙をめぐって十数億の巨大な買収費がばらまかれた.その穴埋めに奔走する官房長官はダム建設工事に目を向ける.不正入札を計った官房長官は,総理夫人までも利用して請負業者と結託,邪魔者を文字通り次々と抹殺していく.政治の舞台裏にうごめく,金,権欲,女――そして巧妙にモミ消された汚職事件….

 井県北部を流れる九頭竜川は,秋には紅葉の名所として知られる.この清流も,1968年,電源開発株式会社による九頭竜川ダムの建設によって,風景の一部が大きく変貌した.ダムは発電,灌漑,水利調節など多目的に利用され,地域社会のインフラとして貢献する一方,その建設をめぐっては,政治と金をめぐる一大汚職事件の舞台装置ともなったのである.本作の原作は,政財界の暗部に切り込んだ石川達三の代表的な政治小説である.保守系政党「民政党」の総裁選を舞台に,巨大建設利権を利用した政治資金工作と汚職の構造が暴かれる.背景には,実際に1960年代後半に日本の政界で発覚した複数の疑獄事件──九頭竜ダムにまつわる「金脈」と,建設業界と電力会社の癒着──がある.

 劇中,民政党は総裁選の選挙工作に40億円近い巨費を投じるが,その資金はゼネコンとの癒着により回収される仕組みになっている.すなわち,政府出資95%の電力会社が発注するダム建設工事に,与党と昵懇のゼネコン「竹田建設」(モデルは鹿島建設)を指名.最低制限価格を引き上げたうえで落札させ,その見返りに政治献金を強要する.この政治工作の実行を許した首相と官房長官は,国費の濫用という罪を認識しつつも,党勢維持のために目を瞑る.結果として,この政・財・官が絡み合う利権構造は,社会に深い不信感を植え付けることになる.周りは金色に輝いて見えるが,中の方は真っ黒に腐っている──本作はこの辛辣な比喩から幕を開ける.金色とは,権力の象徴たる総裁職であり,腐敗とは,それをめぐる政治的駆け引きと金銭の流れである.

 現総裁と目される人物には,戦後日本の高度経済成長を支えた池田勇人の影が重なる.疑惑を追及するのは"政界の爆弾男"と渾名される野党代議士.その過程で,首相秘書官と新聞記者というキーパーソンが不審死を遂げ,事件の全貌は闇に沈む.DVDジャケットには,金環の中に描かれた閣僚たちの不気味な肖像があり,その内側に潜む腐敗の臭気を暗示している.決算委員会に呼ばれた電力会社総裁が巧妙に答弁をかわし,責任追及は空転する.一方で党葬の場では,新総裁が神妙に弔辞を読み上げ,まるで全てを浄化したかのような茶番が繰り広げられる.その背後で失脚していくのが,金融界を牛耳る石原の冷徹な眼差しと,下卑た笑いを使い分ける演技で,宇野重吉は圧倒的な存在感を示している.

 特筆すべきは,実弾(=札束)が飛び交う総裁選において,決定的な火種となるのが首相夫人のメモであるという点だ.「竹田建設のこと,私からもよろしくお願い申し上げます」と,たった一文.だがそれが秘書官を経由して電力会社総裁に届くと,政治的圧力として絶大な意味を持つ.これは実在の政治スキャンダル──たとえばロッキード事件における田中角栄夫人の関与が噂された文書など──を彷彿とさせる.一方,石原は官房長官の行動を予見した「石原メモ」によって一時的に内閣官房を震え上がらせるが,それも首相夫人のメモの前では無力である.政治的教養や経験の有無に関わらず,「首相夫人」という肩書きひとつが,忖度と譲歩を引き出す凶器に転じる.この構図は,昭和から令和に至るまで変わらない.「赤ずきん」のバスケットに仕込まれた殺虫剤DDTのように,無垢を装った力が毒を撒き散らしている.

金環蝕 [DVD]

金環蝕 [DVD]

  • 仲代達矢
Amazon

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: 金環蝕

監督: 山本薩夫

155分/日本/1975年

© 1975 東宝