| さきの大戦の終結後,日本はアメリカの軍隊によって占領された.そしてアメリカは,占領下日本での検閲を周到に準備し,実行した.それは日本の思想と文化とを殱滅するためだった.検閲がもたらしたものは,日本人の自己破壊による新しいタブーの自己増殖である.膨大な一次資料によって跡づけられる,秘匿された検閲の全貌――. |
戦後日本はアメリカニズムへの同化と嫌悪,その相反する感情を抱えつつも,ナショナリズムの意識・無意識構造を保持し続けた.日本国憲法第21条第2項が禁じる「検閲」とは,思想表現行為に対して国家権力が事前に制限を加える行為であり,言論の自由の核心に関わる問題である.アメリカの法学者ウォルター・ゲルホーン(Walter Gellhorn)は,検閲の一側面として道徳的退廃を抑止する意義を認めつつも,それが民主主義の根幹である言論の自由にとって危機であることを指摘していた.理論的背景を逆手に取り,GHQは1945年9月,いわゆるプレスコード(新聞準則)を発布.これによって,戦後日本の報道,出版,映画,演劇,放送といったすべてのメディアは,連合国軍最高司令官総司令部(SCAP)の厳格な統制下に置かれた.GHQ傘下の情報機関である民間検閲支隊(CCD)配下のPPB(出版・映画演劇・放送部門)を通じて,検閲官が主要都市に配置され,表現行為の事前審査が徹底された.
検閲官の多くがアメリカの若い大学卒業者で,占領地の文化的文脈に対する理解が乏しいまま任に就いていた.これは占領政策が,文化的無知に基づく再教育だったことを示唆する.検閲体制の中核にあったのが「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP)である.「戦争責任=日本の軍国主義者」という因果構造を国民意識に定着させるための情報操作政策であった.毎月400万通におよぶ私信,350万通の電報が検閲され,さらに25,000件にのぼる電話が盗聴された.これほどまでに私的領域にまで介入した検閲は,表現の自由の否定にとどまらず,私的良心の監視という点で,民主主義に対する根本的な矛盾をはらんでいる.WGIPの典型例として知られるのが,主要紙で連載された「太平洋戦争史」や,NHKラジオで放送された「真相はかうだ」である.報道内容は,「SCAP批判の禁止」など30項目に及ぶ検閲指針を通過した“許可済みの歴史”であり,歴史そのものが政治的道具として機能していた実態を物語っている.
これらの指針は,1946年11月末にはすでに米国側で完成しており,検閲は制度的即応というより,予め構築された情報戦略だったことが確認されている.ウィルソン・センターにて占領期の検閲を調査した筆者によれば,WGIPの本質は「史観の植え付け」であり,日本の苦難と終戦の責任を軍国主義者のみに帰属させる「統一された記憶」の創出を目的とした.戦争における加害と被害,勝者と敗者,善と悪という単純な二項対立が,日本人の歴史意識を一方向に誘導し,自らの内省をもアメリカ的価値観に置き換えていった.「日本人にわれとわが目を刳(く)り貫かせ,肉眼のかわりにアメリカ製の義眼を嵌め込むことにあった」という表現は,思想的義眼化という新たな植民地化の様態を示している.ポツダム宣言の10条では,「言論,宗教及び思想の自由」が保障されるとされながら,一方で日本軍の「無条件降伏」が強調され続けた.
GHQが「無条件降伏」という表現を繰り返すことで,日本の対米交渉や歴史的自己弁護を封殺する構図が形成された.この「自由と服従の二項対立」は,洗練された言語戦略であり,自由を保証するという名目で,自己否定の言説だけが正当化される構造に日本人を閉じ込めた.イギリス国立公文書館の「ノーマン・ファイル」(KV2/3261)によれば,WGIPにおけるプロパガンダ手法は,1938年に中国共産党が日本軍捕虜に行った思想改造(洗脳)と酷似していた.すなわち,「善なる国民」「悪なる軍国主義者」を分離し,前者に後者への怒りと羞恥心を植え付けることで,内部からの改革を誘発する手法である.検閲とは情報の削除ではなく,記憶と意味の再構成にほかならない.その目的は,日本の文化・思想体系の殲滅というより,日本人自らがそれを忌避するように仕向ける「自己破壊の装置」を埋め込むことにあった.
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原題: 閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本
著者: 江藤淳
ISBN: 4167366088
© 1994 文藝春秋
