| スペインの探検隊が,南アメリカのアンデス地方に伝わる黄金郷“エル・ドラド”を目指し,過酷な道のりを進んでいた.ジャングルは劣悪な環境で,食糧不足も心配される.そこで分遣隊が送られることになり,隊長のウルスアと,副隊長のアギーレ,さらには奴隷や神父,女性たちも同行することに.ところが奥地に進むにつれて分遣隊の面々は次々と命を落とし,ウルスアはこれ以上進むのを止めようとする.しかしアギーレが反発し…. |
狂気における信仰と虚無の相克を描き出す神話的な叙事詩である.16世紀のスペイン探検隊が黄金郷エル・ドラドを追い求めてアマゾン奥地へと分け入る中,隊内で反乱を起こして自らを"神の代理人"と称し暴走したロペ・デ・アギーレ(Lope de Aguirre)に着想を得ている.ヴェルナー・ヘルツォーク(Werner Herzog)の手にかかれば,文明の傲慢と人間存在の空虚を剥き出しにする寓話へと昇華する.アギーレを演じるクラウス・キンスキー(Klaus Kinski)の狂気に満ちた表情と身振りは,人間の意志が自然の摂理に抗いながらも崩壊していく過程を可視化する.
探検隊が目にする異様な光景――流れに逆らって浮かぶ帆船,神を語る修道士の奇怪な説法,無人の筏から矢が飛んでくる不条理――これらは,狂気が支配するアギーレの内面風景とも読め,自然そのものが理性を嘲笑っているとも受け取れる.「私は新しい帝国を築く.血と炎の中で!」というモノローグは,権力への欲望がもたらす孤絶を端的に示している.撮影の舞台もまた,アギーレの狂気を裏付けるにふさわしい混沌としたものであった.キンスキーは撮影中に激高し,スタッフへ銃を向けた.あまりの危険性に,ヘルツォークは「キンスキーがさらに暴れたら,8発中1発だけ弾を込めた銃で彼を撃つ」と脅して落ち着かせたという.
撮影技法も独創的で,自然光を多用し,ほとんどドキュメンタリー的な手法で進められる.移動撮影の大半は筏の上で手持ちカメラで行われ,撮影機材も最小限に抑えられていた.その結果,観客は映画を見るというよりも,まるで探検隊の一員となって未知の地へと引きずり込まれるような感覚を味わう.ドイツのプログレッシブ・ロックバンド,ポポル・ヴー(Popol Vuh)のミニマルかつ霊的なサウンドスケープが,映像の不穏さを増幅させている.歴史的背景として,アギーレは実際に1561年に南米アマゾン流域で反乱を起こし,スペイン帝国に対して「新世界の独立」を宣言したが,やがて部下に裏切られて殺された.
史実の持つ荒唐無稽なロマンを,ヘルツォークは壮大な死の舞踏に転化してみせた.アギーレが筏の上で小型の猿に囲まれながら虚空に向かって語り続ける姿は,彼自身が文明と理性の残骸に過ぎないことを証している.本作が放つ普遍性は,愚かな人間の抱いた理想,神に託した幻想がいかに脆く,そして破滅的であるかを突きつける点にある.アギーレは権力を希求するが,その権力を手にした瞬間に世界から断絶されている.王などではなく,王を演じる亡霊であり,筏という浮遊する墓場の上で,すでに終わった夢をなぞる亡者にすぎなかった.
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原題: AGUIRRE, DER ZORN GOTTES
監督: ヴェルナー・ヘルツォーク
93分/ドイツ/1972年
© 1972 Werner Herzog Film
