| 真夏のスペイン.バカンスを過ごそうとイギリスからやって来た生物学者のトムと妊娠中の妻イブリン.海岸の町ベナビスは祭りの真っ最中で,その喧騒から逃れるように二人は昔トムが訪れたことのある静かな島アルマンソーラへとボートで向かう.しかし奇妙なことにそこには子供しかおらず,大人の姿が一切見えなかった…. |
子どもは無垢で弱い存在――近代西欧の倫理観を,冷笑的に裏返すことで恐怖を創出したホラー映画である.ナルシソ・イバニェス・セラドール(Narcisco Ibanez Serrador)は,スペイン国内では「眠れぬ物語」(1966-1982)などで知られたテレビホラーの名手であった.本作は,同時代のジョージ・A・ロメロ(George Andrew Romero),ウェス・クレイヴン(Wes Craven)の作品群とも共鳴する集団狂気,従来の道徳的ヒエラルキーの崩壊といった主題を内包する構造である.冒頭,戦後世界の悲劇的現実――朝鮮戦争,インドシナ戦争,ビアフラ内戦――によって犠牲になった子どもたちのドキュメンタリー映像が流される.視覚的に植えつけられる「子ども=犠牲者」という図式は,その後の展開によって静かに反転する仕掛けである.
ドキュメント調の8分間は,観客の情緒に訴えかけるというより「子どもという存在がどれほど政治的に利用され,同時に見捨てられてきたか」を冷たく示す導入である.本作の舞台は,地中海のとある孤島.そこに休暇で訪れたイギリス人夫妻――生物学者の夫と,妊娠中の妻――が,子どもしか存在しない奇妙な村に迷い込む.大人たちはすでに「消されて」おり,島の子どもたちは笑顔と無言で侵略者たる大人を殺していく.この設定には「悪い種子」(1956)以来の"邪悪な子ども"というモチーフが受継がれているが,より集団性と社会性を帯びた形で再構築されている.注目すべきは,夫婦がすでに2児の親であり,妻は3人目を妊娠中であるという点である.原題が問いかけるように,子どもを殺すことが倫理的に不可能であることを逆手に取って,ホラーは成立する.
1976年,スペインにおけるフランコ独裁政権崩壊の年に公開された.検閲制度がようやく撤廃され,バルセロナを拠点とした自由主義的な映画人たちが,「マドリード派」と一線を画す形で独自の表現を模索していた時期である.殺害の手段も異様である.鈍器で撲殺される者,大鎌で首を落とされる者.暴力性はグラン・ギニョール的――フランスで流行した怪奇趣味――であるが,加害者がいずれも笑顔の無邪気な子どもであるということが,不気味さを倍増させる.ホラー映画における無垢=邪悪の合成体という主題は,「チャイルド・プレイ」(1988),「エスター」(2009)などにも引き継がれていくが,本作はナチュラルで説明なき形で描かれており,悪意の発生源が不明であることが最大の恐怖となっている.逃げ惑う夫妻に子どもたちは集団で襲いかかる.
「この遊び,流行るかな?」「もちろんさ.まだまだ子供たちは大勢いるんだ,世界中にね」という言葉が投げかけられるとき,その声は冷笑的でありながら,国家や社会制度の「教育=矯正」を通じて作られるべき倫理が崩壊した後のディストピアを暗示している.ファウスト的な知的探求でも,純粋悪の表現でもなく,大人たちが信じきっていた価値観そのものの倒錯なのである.本作の島ロケ地はマヨルカ島(スペイン領バレアレス諸島)で撮影されており,観光地の美しさと死の空白地帯が同居するロケーションのコントラストが,恐怖を視覚的に強調している.当初イギリス・アメリカで配給される際,暴力描写が一部カットされて公開された.1970年代においても「子どもを殺す」という行為は,映画倫理規定(MPAA)にとってもタブーであり,ショッキングな問題作として長く日の目を見なかった作品である.
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原題: WHO CAN KILL A CHILD ?
監督: ナルシソ・イバニエス・セラドール
112分/スペイン/1976年
© 1976 Penta Films
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