▼『水中都市・デンドロカカリヤ』安部公房

水中都市・デンドロカカリヤ (新潮文庫)

 ある日突然現われた父親と名のる男が,奇怪な魚に生れ変り,それまで何の変哲も無かった街が水中の世界に変ってゆく「水中都市」,コモン君が,見馴れぬ植物になる話「デンドロカカリヤ」,安部短編作品の頂点をなす表題二作に,戯曲「友達」の原型となった「闖入者」や「飢えた皮膚」など,寓意とユーモアあふれる文体の内に人間存在の不安感を浮び上がらせた初期短編11編を収録――.

 想と風刺の手法を通じて人間の存在的疎外を描出した,安部公房文学初期の短編群.表題作「水中都市」では,日常の裂け目に突如として現れる異形の父という存在が,現実の構造そのものを異化してゆく過程が描かれる.父親が魚に変わり,街が水没していくという突拍子もない展開は,安部が好んだ“現実の非現実化”の意匠であろう.以後の代表作『他人の顔』『箱男』にも連なる,アイデンティティの攪乱と境界の喪失が出現する.安部はこの作品を「夢日記のように書いた」と語っており,荒唐無稽な舞台設定にもかかわらず,論理体系をもって進行する点に,異様な説得力を感じさせる.

 「デンドロカカリヤ」に登場する青年が植物と化していく過程は,身体の異化が意識の異化と並走するモチーフとして機能している.“デンドロカカリヤ”とは,実際には存在しない植物であるが,語感の奇妙さや異国風の響きが,読者の現実認識を最初から逸脱させる仕掛けとなっている.この作品は,自己喪失や身体変容を描いた後年の『第四間氷期』『R62号の発明』にも通じており,安部が一貫して取り組んできた「人間の定義」という問いの萌芽が見られる.「闖入者」は,のちに代表戯曲『友達』の母胎となったことでも知られ,他者の侵入によって生活が蹂躙されるというモチーフは,安部作品の重要な反復である.

 他人との共存の不可能性,他者の不気味な同一化というテーマは,カフカ的不条理を想起させるが,安部はそれを笑いのコードに包み込み,「日常」の中に浸透させるという,独自の技法で処理している.本書の短編群に通底するのは,「現実の崩壊」への嗜好である.それは現実を凝視するための方法論としての幻想であり,実存の根源に踏み込む知的実験でもあった.たとえば「イソップの裁判」では,寓話的な裁判劇が展開されるが,それが風刺しているのは言語の空転と法の不在である.作品ごとにジャンルや文体は変化するが,どれもが同じ問いを巡っている――人間とは何か.他者とは誰か.現実と非現実の境界は何か.

 本書に収録された多くの作品は,戦後間もない1950年代初頭に執筆され,当時の文芸誌『近代文学』『群像』などに発表された.安部は当時,医学生から作家へと軸足を移しつつあり,ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre),アルベール・カミュ(Albert Camus)の実存主義文学の影響も色濃く受けていた.幻想・寓話・風刺・不条理が緻密に織り合わされた宝庫であり,安部公房という作家の文学的出発点を知るうえで不可欠な作品集である.戦後文学の転回点を示すと同時に,現代に至るまで通用する“人間の異化”という主題を,ラディカルな形式で先取りした記念碑的テキストである.

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原題: 水中都市・デンドロカカリヤ

著者: 安部公房

ISBN: 4101121079

© 1973 新潮社