▼『元老』伊藤之雄

元老―近代日本の真の指導者たち (中公新書)

 明治憲法成立後の1890年代以降,天皇の特別な補佐として,首相選出を始め,内閣の存廃,戦争,条約改正など重要国務を取り仕切った元老.近代日本は,伊藤博文,山県有朋,西園寺公望ら元老8人の指導下にあった.非公式な組織のため,当初は政治の黒幕として批判されたが,昭和初期の軍部台頭下では未成熟な立憲国家を補う存在として期待が高まる.本書は,半世紀にわたり権力中枢にいた元老から描く近代日本の軌跡である――.

 915年7月,元外務卿で侯爵の井上馨が静岡市横砂の別邸「長者荘」で危篤に陥ったという報が鉄道省に届いた.鉄道省は即座に東海道線の全列車に興津駅付近で徐行運転を命じた.異例ともいえる措置は,超憲法的重臣「元老」の歴任者でなければ,国家機関がそこまで忖度することはなかったであろう.元老は明治憲法下において法的根拠のない組織でありながら,天皇の最高顧問として権力中枢に君臨した.井上以外に,元老とは伊藤博文,黒田清隆,山縣有朋,松方正義,西郷従道,大山巌,桂太郎,西園寺公望の8人を指す.そのうち西園寺を除けば,すべてが薩長藩閥の出身であり,天皇から「元勲優遇の詔勅」を受けた,特権階級の長老であった.

 事実上の支配者でありながら,法の表舞台には決して立たない元老は,時に「老害」と批判されたが,本書はむしろその存在を肯定的に捉え,元老が未成熟な日本に必要不可欠な「統治の潤滑油」であったと評価している.興味深いのは,明治天皇が最も信頼を寄せた伊藤博文の憲法観である.伊藤は欧州で学んだ「君主機関説」に強い理解を示し,国家主権は実質的に国民に属すると認識しながら,保守派に配慮し「主権は天皇にある」と表現を巧妙に調整した.これは老練な政治的打算であり,こうした曖昧さが後の日本政治に禍根を残したともいえる.一方で,明治天皇の死後,大正天皇は山縣有朋の強い影響下に置かれ,山縣は原敬内閣と対立を深めた.原が進めた国際協調路線に山縣は強く反発し,元老間でも内部対立は避けられなかった.

 昭和期に入ると,牧野伸顕や鈴木貫太郎らが元老的役割を担ったが,財界に睨みを利かせた松方正義,軍部台頭の中で最後まで政党政治と英米協調を模索した西園寺公望のような,卓越した政治手腕を持つ人物はもはや存在しなかった.実際,軍部独裁を抑えることのできる最後の防波堤として,西園寺のような元老が生き残っていたならば,日本はより異なる道を歩んだ可能性がある.日露戦争開戦時,山縣が一貫して慎重論を唱えていたことや,西園寺が政友会内で院外勢力との調整役を果たしていたことは,元老が時に国家の暴走を抑止するブレーキでもあったことを示している.とはいえ,彼らの権力は天皇大権を補佐するという名目であっても,成文法に明記されない曖昧な権威に基づくものであり,その非公式性が「黒幕会議」と揶揄されたのである.

 元老制度は,明治憲法体制の柔軟性を生み出したと同時に,非公開・非制度的な側面から近代的な透明性と説明責任を阻害したという,極めて二面的な存在だった.本書は,元老制度を「立憲政治の円滑な運営を支え,政党政治の発展を可能にした」と一定の肯定的評価を与えるが,同時にそれがあくまで過渡期における「補助輪」であり,持続可能な制度ではなかったことも読み取れる.昭和初期,軍部が政治を実効支配した背景には,すでに元老が政治的に無力化していた事実がある.もし現代の日本にも,彼らほどの見識と老獪さを持つ非公式な補佐機関があれば,いくつもの拙速な政権判断を回避できたのではないかと考えさせられる点も,本書が投げかける皮肉であろう.

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原題: 元老―近代日本の真の指導者たち

著者: 伊藤之雄

ISBN: 9784121023797

© 2016 中央公論新社