| 19世紀末,東南アジアの国シャム(現在のタイ).モンクット国王は,王子達の家庭教師として英国人アンナを迎え入れた.西洋に育ったアンナは封建的な国王と何度も衝突するが,国を愛する王の心に打たれ徐々に絆を深めていく.その頃,隣国ビルマによって国境地帯が襲撃,その影には侵略を企む英国の影が!さらに国内で勃発したクーデターにより,王国に危機が迫る…. |
国名"シャム"を改め,1939年に採用された国名は,ムアン・タイ(自由の国).19世紀半ばに在住していたフランス人宣教師によれば,首都の人口40万人強の半数が中国人,12万がタイ人,残りはラオ人,ベトナム人,カンボジア人,モン人,マレー人,ビルマ人であったという.王宮と寺院のある首都バンコクは外国人による俗称で,タイ語ではクルンテプ(天使の都)と呼ばれている.三大王朝(スコータイ朝,アユタヤ朝,ラッタナコーシン朝)の歴史において,19世紀のタイは欧米諸国との不平等条約で治外法権を強要され,関税自主権を放棄させられた.それにもかかわらず,この国が植民地化を防ぐことができたのは,英仏の勢力を見極め,両国に領土を割譲しながら近代化政策に柔軟に取り組んだラーマ5世(Rama V)の功績による.
父王ラーマ4世(Rama IV)は,イギリス人家庭教師アンナ・リオノウンズ(Anna Harriette Leonowens)を妻および内縁の妻39名,子82名の教育係に就任させた.これは,タイ仏教の改革と列強諸国との外交の基礎を世継ぎに示す一環となった.虚実入り交じる回顧録が長老派教会宣教師マーガレット・ランドン(Margaret Landon)の手で小説化され,ユル・ブリンナー(Yul Brynner)主演の有名なミュージカル原作となる.本作は,鬱陶しいミュージカル形式を斬り捨て,史劇を意識した作りである.脚本にはさほど手を加えず,王朝の因習と先見性を併せ持つ国父ラーマ4世に対するアンナの決然とした姿勢,旧態依然とした体制を死守したい「攘夷派」の内乱と収束という陳腐な展開.しかし,見どころは5,000着にも及ぶ時代的コスチューム,"微笑みの国"の仏教美術――荘厳な寺院と巨大涅槃仏など――の数々.
燦然と輝く王権の象徴「金冠」を王が頂き,騎象仏陀を彷彿とさせるおおらかな象にアンナとその息子は乗って移動する.側室の不祥事により,裁判にかけられた当事者は死刑を宣告されるが,人命を奪う刑は残虐で野蛮とアンナは国王を諫める.その直言を退けるラーマ4世が苦悩をもって祈りを捧げるエメラルド寺院(ワット・プラ・ケオ)の本尊は,翡翠で造形された仏像.ポリティカル・コレクトネスを押しつけようとするアンナには,払拭し難いアジア蔑視があり,厳格なしきたりを重んじながらも進取の気性をもつ王の威厳に抗しきれない.そのやりとりが恋愛感情を模した心情に熟していき,警戒心を抱きながら手を取り合った初回のダンスを超え,2度目は官能性を秘めたプラトニックなダンスで,2人の別れを予感させる.
ラーマ5世は,15歳で即位するとすぐに欧米視察旅行を敢行し,インドシナ諸国が次々と侵略される中,近代化を成し遂げるチャクリー改革の骨子を固めた.先王よりも長く王位にとどまり,司法行政制度の西欧化,副王制と奴隷制の廃止,郵便・電信・鉄道の新設など一連の近代化政策を実現した.その中には,着任早々のアンナがラーマ4世と激しく対立した「王に対する平伏礼の廃止」が含まれていた.外国人政府顧問の雇用も重んじたことには,意見の対立と衝突を超えた先の"可能性"を示してくれた父王とお雇い外国人教師アンナへの評価が込められていただろう.タイでは不敬罪により,ランドンの原作を題材とする作品は本作も含め,すべて上映禁止である.
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原題: ANNA AND THE KING
監督: アンディ・テナント
147分/アメリカ/1999年
© 1999 20th Century Fox
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