■「遊星からの物体X ファーストコンタクト」マティス・ヴァン・ヘイニンゲン・Jr

遊星からの物体X ファーストコンタクト [Blu-ray]

 どこまでも雪と氷が広がる南極大陸.考古生物学者ケイトは,氷の中で発見された,太古の昔に死んだと思われる生命体の調査のため,ノルウェー観測隊の基地へと降り立った.しかし,"それ"は,まだ生きていた.調査の中,ケイトたちが解き放った物体は,狙いをつけた生物の体内に侵入,細胞を同化して,その生物になりすまし,自らの生存のため人間同士を争わせようとする宇宙からの生命体だったのだ….

 つのないプリクエル(前日譚)の典型である.物語を拡張するよりも,既存の作品に残された「謎」「断片」に意味を与える作業に徹する.本作もその意図を明確にしており,「エイリアン」「猿の惑星」シリーズのように,原典の余白を埋めることに全力を尽くしている.前作(1982年版)は,ジョン・カーペンター(John Howard Carpenter)の手によって緻密に構築され,弱冠22歳の俊才ロブ・ボッティン(Rob Bottin)が手掛けたSFXは革新的だった.ボッティンは,異常なまでに身体を酷使し,過労で入院したという逸話が残る.彼の執念は,まさに生理的嫌悪感とサディスティックな恐怖を画面に具現化することに成功した.カーペンターは当初,「遊星よりの物体X」(1951)のリメイクを依頼されていたが,古典的な怪物映画へのアンチテーゼとして,パラノイアと猜疑心を核に据えた.

 本作は,ノルウェー基地壊滅の顛末を描く.氷漬けの物体X,焼死体,破壊されたUFO,狙撃されるハスキー犬――1982年版の数々の伏線を回収し,ファンにある種の満足を与える.しかし,本作はあくまで説明に終始し,恐怖映画に不可欠な余白や想像力の飛躍を切り捨てた.カーペンターは「あなたの想像力が,あなたの限界になる」という言葉を残している.まさに,30年後に製作されたこのプリクエルへの痛烈な批評となった.1982年版の血液検査シークエンスは,観客に「誰が物体Xか」を執拗に問い続け,見る者の精神を追い詰めた.それに比べ,本作は「歯の金属有無」で感染者を判別するという設定を持ち込むが,そのアイデアは凡庸であり,心理的サスペンスの緊迫感は希薄である.

 火炎放射器や爆破といったプロップの演出も前作を踏襲し,ヴィジュアルの再現には成功しているものの,逆にその安全な再現が,映画としての冒険心の欠如を露呈してしまう.物体Xとの“ファーストコンタクト”を描くならば,もっと異質で,もっと想像を超えるクリーチャーデザインや接触場面が求められたはずだ.ところが,本作は1982年版の美学に終始従属し,後塵を拝するに過ぎない.本作はもともと,より大胆なクリーチャー表現を実現するため,粘土造形やアニマトロニクスを駆使した実物特撮で撮影されていた.しかし,ポストプロダクション段階でスタジオ側が現代の観客には通用しないと判断し,実写映像のほとんどをCGで上書きしたという.これがしばしば悪しきデジタル修正の象徴として批判される背景である.

 そつのなさを完全に否定することはできない.矛盾なく,無難に,1982年版へと滑らかに接続する技術は一定の評価に値する.しかし,それ以上でも以下でもないという事実は,オマージュと模倣の境界線に,本作が慎重にして保守的にとどまったことを物語っている.つまり,よくできた回答集であって,新たな問いを生む映画ではない.謎を解き明かす快楽に終始した結果,「物体X」の本質──それがもたらす深い孤立,自己不信,終わりのない疑念──を掘り下げることを放棄してしまった.前作が与えた恐怖は,"それ"の姿形にあるのではなく,信じたいものが信じられなくなることにあった.そこにこそ,プリクエルが真に挑戦すべき領域があったはずである.

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原題: THE THING

監督: マティス・ヴァン・ヘイニンゲン・Jr

103分/アメリカ=カナダ/2011年

© 2011 UNIVERSAL STUDIOS