| 人口345万人,人より牛が多い南米の小国ウルグアイ.そこで毎日のようにトラクターに乗って農業に勤しむ男.小太りでどこか風変りな彼こそが,ウルグアイ第40代大統領ホセ・ムヒカ.国民のより良い生活の為に自己犠牲をいとわない彼は,収入の9割を貧しい人々の為に寄付し,子供たちの教育向上を目的に学校を新設するなど,予想外の政策を数々打ち出す…. |
ラテンアメリカの小国ウルグアイの元大統領でありながら,世界中で最も"貧しい大統領"として称賛を集めたホセ・ムヒカ(José Mujica).本作が映し出すのは,称号よりもはるかに複雑で矛盾に満ちた存在である.ムヒカは青年時代に都市ゲリラ"トゥパマロス"に身を投じ,6度の銃弾を受け,13年もの獄中生活を送る.そのうち約2年は,完全な独房で光も音も遮断された環境だった.精神の均衡を保つために,独房の壁に昆虫と会話し,詩を記憶の中で朗誦し続けたという.逸話はしばしば美談のように語られるが,映画の中ではむしろ,人間の存在が極限状態でどう変容しうるかの証言として提示されている.
ムヒカの哲学は,極限的経験の堆積から発生した生の叡智なのである.本作では,エミール・クストリッツァ(Emir Kusturica)が自らインタビュアーとして登場し,ムヒカと終始穏やかな対話を重ねていく.構図は,いわば"二人の敗者による世界史の再読"である.ユーゴスラビアの崩壊を体験した監督と,革命の失敗を経て権力に就いたムヒカは,革命の裏切られた夢を知る者同士である.裏切りを反省的に再構成し,英雄譚や清貧の神話を巧妙に解体していく.ムヒカは国家のリーダーでありながら,公邸には住まず,農場で畑を耕し,愛犬マヌエラとともに暮らし続けた.
貧しいライフスタイルがメディアに称賛される一方で,ムヒカ自身はそのイメージ化を強く警戒していた.「私は清貧であることを誇っているのではない.執着に縛られないよう努めているだけだ」.簡素な生き方は,倫理あるいは戦略でもなく,むしろ存在論的な選択であった.本作は非英雄的態度の背後にある哲学的構造を,日常の細部――濡れた鍬,古びた椅子,素手で豆を剥く所作――からすくい取る.国連会議での演説――「人類は発展のために生きるのか,それとも幸福のために生きるのか」――も映画の中核をなす.現代の政治が喪失した「目的論の回復」を目指すものであると同時に,グローバル資本主義への根源的な批判でもある.
ムヒカの語り口には誇張も激情もない.だがその静かな語りの中に,政治は生の管理ではなく,生の解放であるべきだという強固な倫理が宿っている.妻ルシア・トポランスキー(Lucía Topolansky)の存在も映画の中で控えめながら重要な位置を占めている.かつては共に武装闘争を行い,後には政治の場で肩を並べた妻との関係性は,思想的パートナーシップとして描かれている.カメラは彼女の表情をあまり追わないが,交わされる短い視線,沈黙の共有が,ムヒカという人物を補完する.この映画の核心は,ムヒカの人生を通じて「理想とは敗北に耐える力である」命題を導き出している点にある.革命も,政治も,人生も,勝者の物語としては描かれない.だが敗者の誠実が,思想となって結晶する.
++++++++++++++++++++++++++++++
原題: EL PEPE, UNA VIDA SUPREMA
監督: エミール・クストリッツァ
74分/アルゼンチン=ウルグアイ=セルビア/2018年
© 2018 CAPITAL INTELECTUAL S.A, RASTA INTERNATIONAL, MOE
![世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ [DVD] 世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/51TGNOSZEaL._SL500_.jpg)