■「SOMEWHERE」ソフィア・コッポラ

somewhere [DVD]

 ハリウッドの映画スター,ジョニー・マルコ.彼はロサンゼルスのホテル"シャトー・マーモント"を仮住まいにし,高級車を乗り回してはパーティーで酒と女に明け暮れ,まさにセレブリティらしい華やかな生活を送っていた.しかし,それらはいずれも孤独な彼の空虚感を紛らわすだけのものに過ぎなかった.そんな彼が大切にしているのは,前妻と同居する11歳の娘クレオとの親子の短いひとときだった….

 度に削ぎ落とされた描写によって,物語性を空洞化させた映像詩的な映画である.ハリウッドの一流ホテル"シャトー・マーモント"に暮らすマルコは,人気俳優として華やかな表舞台に立ちながら,実存的な空虚に漂っている.生活は酒と女性,フェラーリとパーティに満たされているが,それらは彼の人生の核心には決して触れない.むしろそれらこそが,鈍化した感性と麻痺した情動に他ならない.

 双子のポールダンサーが同じ振付でただ機械的に回転し続けるシーン,フェラーリでの無意味な周回走行は,その比喩として出色である.円運動は反復と停滞のメタファーであり,登場人物の心理的・生活的な堂々巡りを視覚化する.物理的には移動しているが,精神的にはどこにも到達しない無移動感が,マルコの人生そのものを象徴している.そこへ突然,11歳の娘クレオが登場する.エル・ファニング(Elle Fanning)演じるクレオは,父親の感情を無理に揺さぶることはない.ただそっと寄り添いながら,存在そのものによって父の停滞に揺らぎを与える.

 クレオが見せる大人びた気遣いと無言の哀しみは,マルコの空虚さと対照的であり,映画全体を包む透明な切なさを一層際立たせている.セリフや説明に頼らず,間や空白,沈黙の中に感情を託す.終盤のクレオとの別れの場面では,セリフはほとんどないにもかかわらず,観る者の胸に強く訴えかける嗚咽が響く.マルコがフェラーリを降り,無人の荒野を歩いてゆく最後の場面は,ついに自己と向き合う準備を始めたことの暗喩だろう.フェラーリの「停止」は,贅沢な螺旋の断絶であり,空虚な自己からの降車を意味する.

 ファニングの儚くも芯のある演技が,"イノセンスの力"をもたらしている.舞台となるシャトー・マーモントは,実際に多くのセレブが住んだ歴史あるホテルであり,コメディアンのジョン・ベルーシ(John Belushi)が亡くなった場所としても知られる.伝説と死の気配すら漂うこの場所に,主人公の心の死が重ねられている.派手なドラマも盛り上がりもない.だからこそ,静謐な世界の中に潜む痛みや揺らぎは,観る者に静かだが確かな余韻を残す.「どこか(somewhere)」にあるかもしれない救いを求める,現代人の無名の魂へのレクイエムである.

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原題: SOMEWHERE

監督: ソフィア・コッポラ

98分/アメリカ/2010年

© 2010 Somewhere LLC.