| 大都市の気ままな流行りや，公共事業，工場誘致に頼るのはもう終わりにしよう!それぞれの地域が持つ財を利用し，住民の創意を生かした活動をしない限り，経済的発展はない!かつてのベネチアのように，必要なものを自らの手で作り，近隣地域と共生的な交易を行えば，技術は高まり，雇用も生まれ，地域は自然と活性化する．アメリカで大規模再開発により街が「死んで」いく過程を観察したジェイコブズは，街や地域が生み出すダイナミズムに注目，経済が発展・衰退する鍵を，古今東西の無数の例から探り出した．地域が自立するための処方箋を描いた先駆的名著――． |
無機質な近代都市計画を批判した1961年『アメリカ大都市の死と生』により，ジェイン・ジェイコブズ（Jane Butzner Jacobs）は都市計画論の寵児となった．高層団地に象徴される近代主義的都市設計が，いかに都市の活力を削ぎ，コミュニティを破壊するかを直感的に描き出した同書は，冷戦期アメリカの都市再生議論において一石を投じた．ジェイコブズの出発点が市民運動であったことを思えば，彼女の議論には一貫して理論的抽象の軽視，経験的観察の過大評価という傾向が見て取れる．本書は，その傾向が頂点に達した著作である．ジェイコブズは「国」という単位ではなく，「都市」という単位こそが経済発展の根源であるという大胆な主張を展開する．輸入置換（import-substitution）を都市レベルで行うことこそが経済成長の鍵であり，これを欠いた都市は停滞・衰退を免れないという論理である．
私は前に，経済発展とは日常の経済活動の中にインプロビゼーションを取り入れることができるような状況のもとで，絶えず創意を加えて改良する過程であると定義した．これを敷衍して，発展とは，インプロビゼーションを伴う前例のない仕事への「漂流」であるということができよう
「バーミンガムのような町」という表現で象徴される，輸出品を持たない地域においてさえ，内発的工業化の動態が必要不可欠だと説くのである．この議論にはあまりに多くの飛躍がある．ジェイコブズは，貿易理論における比較優位（comparative advantage）の基本的概念をほとんど無視しており，国際分業論，さらには要素賦存量説（Heckscher-Ohlin理論）との接点を持たない．ましてや，市場規模・技術・制度的インフラといった経済発展の前提条件に対する認識も皆無に等しい．アダム・スミス（Adam Smith）の国民資本概念に対しても安易な批判を加えているが，『国富論』第2編でスミスが精緻に描き出した資本の「性質」「蓄積」「用途」の違いを根本的に理解していない．高等教育を受けずに出版業界に飛び込んだ経歴からすれば無理もないところだろうが，こうした経済理論は直感に反する「非人間的な言語」としか見えなかったのだろう．
ロバート・ソロー（Robert Solow）が，ジェイコブズの経済理解を皮肉ったように，彼女の議論はしばしば学術的な体系性を欠いた恣意的なものである．都市における輸入置換を唯一の発展因子と見なすことは，垂直的国際分業（先進国と途上国の間）や，水平的分業（先進国間）といった現実の貿易構造を無視することになる．製品ライフサイクルや技術波及といった要因を考慮せずに，都市という枠組だけで発展を説明するのは，あまりにも単線的である．とりわけ「地産地消」「自給自足経済」（アウタルキー）への回帰を経済合理性のある方向性として語る姿勢には，モデルタウン事業のような限定的文脈を普遍化する危険性がある．こうした議論は，スミスの言う生産的労働と不生産的労働の区分，剰余・税・消費の相互関係，そして蓄積の限界といった古典派経済学の核心からあまりに乖離している．
スミスが提示した市場の秩序原理は，利己的動機と制度的制約のあいだにある緊張を前提とするが，ジェイコブズはこの複雑な均衡構造を無視して，都市の生産活動だけに焦点を当てる．結果として，経済全体の資源配分や厚生の視点が欠落し，ローカルな成功例を一般理論化するという短絡的な発想といわざるを得ない．このような瑕疵を抱えつつも，本書が当時の知識人に支持された背景には，1980年代のグローバル資本主義への漠然とした不信がある．新自由主義の台頭とともに進行した都市の荒廃と不平等の顕在化は，近代経済理論が見落とした側面でもあった．ジェイコブズの「都市単位の経済発展」論は，批判的な視点として一定の価値を持っていたともいえる．本書以降，ジェイコブズは市場や経済の本質を批判するかのような書物を連ね，もはや誰も彼女を諫めることはなかった．
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Title: CITIES AND THE WEALTH OF NATIONS
Author: Jane Jacobs
ISBN: 9784480095022
© 2012 筑摩書房
