| 1970年――21才のリンダ・ボアマンは,フロリダの小さな町で,厳格なカトリック教徒の両親と暮らしていた.ある夜,リンダは女友達と遊びに行った帰りに,地元でバーの経営をしているチャック・トレイナーと知り合う.厳しい両親との生活にうんざりしていたリンダは,チャックの優しい言葉に惹かれ,彼とつきあい,すぐに結婚する.性的にうぶだったリンダに対して,チャックは,セックスの快楽を一から教え込んでいった.その半年後――チャックのダークで陰湿な一面が,しだいに明らかになってきた…. |
ウォーターゲート事件――1972年6月17日――は,ワシントン・ポスト紙によるスクープ報道で一気に全米の耳目を集めた.中心にいた匿名告発者"ディープ・スロート"は,同年に大ヒットしたポルノ映画から取られた符牒である.喉の奥に性感帯がある不感症の主婦が,オーガズムを得るため男性器を求める設定で,当時のアメリカ映画界において挑発的かつエキセントリックであった.もしこの映画が興行的成功を収めていなければ,歴史的な政権スキャンダルの暗号名も,別の仮名が冠されたに違いない.
アメリカにおけるポルノ解禁は意外に遅く,1968年のデンマーク解禁をきっかけに「猥褻とポルノに関する諮問委員会」が発足し,200万ドルを投じて社会的影響を調査した.1970年,委員会はポルノに有害性はなく,解禁すべきとの結論を出す.大統領リチャード・ニクソン(Richard Milhous Nixon)は,ポルノ規制の正当性を裏付ける報告を期待していたが,真逆の結論に激怒した.皮肉にも,政権の醜聞はそのポルノになぞらえシンボル化され,抵抗むなしくニクソンは表舞台から消えることになる.
リンダ・ラヴレース(Linda Lovelace)主演の「ディープ・スロート」(1972)は,公開時点ではこうした政治的背景をまったく示唆しなかった.それに対して,本作が描こうとするのは,性革命の象徴として担ぎ上げられたラヴレースの内面史である.撮影はわずか17日間で行われ,作品は自伝的回想やフラッシュバックを織り込みながら,被搾取の過去を描く.最初の夫からは性的・経済的に徹底して搾取され,精神的に洗脳された彼女は,実の両親に助けを求めるが冷たく拒絶される.
絶望が観客に十分伝わらないのは,主演女優の演技の稚拙さだけでなく,演出自体が感情の深掘りを避けているためであろうか.再婚して子を得た平穏な生活という大団円で終わる.しかし史実のラヴレースは,二番目の夫からもDVを受け,再び離婚している.後年はポルノ産業批判の運動家となるが,交通事故により53歳で死去した.このような後半生は,作品では完全に欠落している.政治史において"ディープ・スロート"という符号は独り歩きし,当事者である彼女は象徴として利用されながらも,物語の外に追いやられた.本作はその空白を埋める機会を持ちながら,敢えて触れずに幕を閉じる.
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原題: LOVELACE
監督: ロブ・エプスタイン,ジェフリー・フリードマン
93分/アメリカ/2012年
© 2012 LOVELACE PRODUCTIONS, INC.
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