| ジャングルにそびえ立つ神殿ピラミッド,広場に林立する石碑,交易に用いられた黒曜石‥‥マヤ文明は中米の密林に花ひらいた究極の石器文明だった.もはや謎と神秘のベールに包んで論じる時代ではない.マヤ文字は王の事績を語り,考古学は貴族や農民の生活を明らかにする.マヤ文明の実像を,気鋭の考古学者が熱く語る――. |
グアテマラからユカタン半島にかけて広がる密林地帯に,焼畑農法によるトウモロコシ栽培を基盤として築かれたとされるマヤ文明は,その実像が長く神秘のヴェールに包まれてきた.20世紀後半以降の実証的な考古学研究によって,その姿は少しずつ具体性を帯びてきた.鉄器を用いず石器を主要利器としながらも,巨大なピラミッド神殿,精緻な天文観測,二十進法に基づく高度な数学,精密な暦法,緻密な工芸技術,象形文字体系までを備えた文明を,熱帯ジャングルの中に成立させた事実は,世界史の文脈において例外的である.
四半世紀にわたりグアテマラ,ホンジュラス,メキシコで発掘研究を続けてきた著者は,マヤ文明を旧大陸四大文明に匹敵するメソアメリカの古代文明の一つと位置づけ,諸王朝が遠距離交易ネットワークを通じて文化要素を共有していた点を重視する.テオティワカンとの交易によって黒曜石が広範に流通し,また各都市国家間で王族同士の婚姻関係が築かれ,政治同盟や戦争の背景となっていたことが,1960年代以降のマヤ文字解読によって具体的に判明した.マヤ文字解読の突破口を開いたのはロシアのユーリー・クノロゾフ( Ю́рий Валенти́нович Кноро́зов)であった.
当時の冷戦構造が学術交流の障害となったことはあまり知られていない.近年の調査成果も,マヤ文明観を大きく更新している.ユカタン半島東部ではスロベニアの考古学チームが新たな都市遺跡を発見し,またアリゾナ大学と茨城大学によるセイバル遺跡の共同調査では,文明の起源を従来の紀元前800年頃からさらに遡る紀元前1000年頃とする有力な物証が得られた.これはマヤ文明を,より長期にわたる複合的発展の産物として理解する契機となる.一般には,スペイン植民地支配によってマヤ文化は急速に衰退したというイメージが根強い.
「崩壊」という表現は,すべてが急激になくなってしまうことを意味するので不適切である.マヤ文明という高文明は,マヤ地域全体から見れば,決して九世紀に「崩壊」して「滅び去った」のではない.マヤ低地北部では,古典期後期から,チチエン・イツア,ウシユマル,コバー,ツイビルチャルトウンなどが栄え始め,マヤ低地南部の多くの都市が衰退した古典期終末期(八〇〇~一〇〇〇年)に全盛期に達した
現実には現在も800万人以上が約30種類のマヤ諸語を話し,織物や宗教儀礼などに古代以来の文化要素を保持している.したがって「滅びた文明」という固定観念は,現代マヤ人の存在によって修正されねばならない.ジャングルにそびえ立つ神殿ピラミッド,広場に林立する石碑,交易を支えた黒曜石の刃――マヤ文明は,世界史上まれに見る究極の石器文明であった.もはやそれを神秘やオカルト的幻想の中に封じ込める時代ではない.マヤ文字は王の事績を語り,考古学は貴族から農民までの生活を再構築する.本書は,古代マヤの歴史と現代との連続性を熱く描き出し,人類史の厚みに新たな一章を加えた.
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原題: マヤ文明―密林に栄えた石器文化
著者: 青山和夫
ISBN: 9784004313649
© 2012 岩波書店
