■「真実の行方」グレゴリー・ホブリット

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 有罪か?無罪か?シカゴの辣腕弁護士マーティン・ベイルにとって,そんなことは重要ではない.この男の仕事は弁護すること.中でも好んで担当するのは,自分の名前がトップニュースで扱われ,出世に有利になるような裁判だった.まったく金がなく,教会でミサの手伝いをしていた青年が,地元の司教を殺害した容疑で逮捕された.それを知ったベイルは,メディアからの注目を集めることを狙ってこの裁判に飛びつく….

 実に見える被告と,彼を取り巻く暴力と権力の構図.だが,裁判が進むにつれて露わになるのは,司法制度の欺瞞でも,人格の崩壊でもない.人間の欲望そのものが,いかに事実を歪めるかという認知の盲点である.エドワード・ノートン(Edward Norton)の演技は新人離れした才能というだけではない.デビュー作にして解離性同一性障害を見事に演じ分けることにより,共感と疑念を意図的に誘導する.「アーロン」の吃音や目線の動き,猫背でおどおどとした所作,「ロイ」の暴力的で自信満々な態度との対比は,台詞だけでなく身体性によって構築されており,その境界線は曖昧である.

 当初,プロデューサー陣はこの難役に対し,ブラッド・ピット(Brad Pitt),マット・デイモン(Matt Damon)を想定していたが,ノートンのオーディションでの即興人格切替え演技がすべてを覆した.リチャード・ギア(Richard Gere)も強い感銘を受け,「撮影中に自分が主役であることを忘れそうになった」と語っている.ノートン自身がスタニスラフスキー・システムに傾倒していたことに起因し,イェール大学演劇学科で身体性を通じた心理の構築に徹底的に取り組んでいたという.原作はウィリアム・ディール(William Diehl)の同名小説だが,映画脚本を手がけたスティーヴ・シェイガン(Steve Shagan)とアン・ビダーマン(Ann Biderman)は,物語の核心を法よりも倫理に据え直した.

 ヴェイルが真実に気づいたとき,それを追及しない決断にこそ,背徳的な魅力がある.ロイが「アーロンなんて最初からいなかったのさ」と囁く瞬間,観客は初めて自分が彼の芝居を見抜けなかったことを痛感する.錯誤は,ヴェイルとまったく同じ視線で物語を見ていた証でもある.観客が自分の判断を誤ったことに気づかされるという,極めて反射的かつ能動的な結末は,90年代以降のサスペンス映画の叙述トリック構造の先駆けであった.撮影は主にシカゴで行われたが,シカゴ大司教区の協力は得られず,法廷や教会のシーンはほぼすべてセットと代替ロケで撮影された.

 当時,カトリック教会に対するスキャンダル(児童虐待問題)が現実にも浮上していたことから,題材そのものが宗教界にとってセンシティブだったためである.劇中で用いられる証拠映像や新聞記事は,架空のものであるにもかかわらず,プロップ部門が実在の事件を模して制作しており,本作が実話に基づいていると誤解される一因となった.実際には完全なフィクションである.ノートンは撮影中,誰にも「ロイ」として接することはなかったという.現場では常に「アーロン」として振る舞い,リハーサル時も人格切替えの瞬間を関係者に見せなかった.共演者までも欺くというメタ的演出の一環であった.

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原題: PRIMAL FEAR

監督: グレゴリー・ホブリット

131分/アメリカ/1996年

© 1996 Paramount Pictures