| 国宝「源氏物語絵巻」をはじめ『源氏物語』を主題とする絵画の系譜を,平安・鎌倉時代から室町時代,桃山時代,江戸時代と時代・流派ごとにたどる.さらに現代の源氏絵や写真作品にも触れて,「源氏絵」という一大ジャンルがくりひろげる多彩な展開を,海外で所蔵される絵も含め,オールカラーで一般の読者にもわかりやすく解説――. |
千年を超えて読み継がれ,語られ,描かれてきた『源氏物語』は「物語る絵」としてもまた生き続けてきた.国宝級の名品から現代アーティストの再解釈に至るまで,源氏絵の系譜を網羅的かつ平易に解き明かした本書は,いわば〈絵画による源氏学〉とでも言うべき図録である.平安時代の《源氏物語絵巻》(徳川・五島本)は,日本最古の現存する絵巻の一つであり,物語の断章と絵画が並置される詞書(ことばがき)形式で知られる.絵巻で現存するのは全体のわずか20%にすぎず,そのほとんどが断簡として切り売りされた.
明治時代,欧米の蒐集家により積極的に買い取られた結果,現在はアメリカやドイツなど,海外に所蔵されている部分も多い.バラバラにされた絵巻を世界中から追跡し,絵と詞書を照合する研究は,20世紀後半から現在に至るまで続いているパズルのような作業である.平安期の源氏絵における人物の顔は,いわゆる「引目鉤鼻」と呼ばれる記号的表現に統一されており,感情を描くことよりも身分性が重視されていた.当時の貴族社会における視覚的礼法の反映であり,顔ではなく衣装や空間構成に感情を託す洗練された記述法である.源氏物語の絵画的文法は,鎌倉・室町期に至ると,土佐光信などによって洗練され,《源氏物語画帖》《源氏物語絵詞》といった作品に継承される.
源氏絵の制作と所有は,常に「見る者」の権力性を伴っていた.土佐派の作品には,人物の動作や場面の移行を一画面に共存させる「異時同図法」が用いられ,視線を動かすことで物語が展開する仕掛けが施されていく.桃山・江戸時代に至ると,狩野派や住吉派といった武家のパトロンを背景に持つ絵師たちが,源氏絵に新たな絢爛さを加えた.狩野探幽《源氏物語図屏風》では,建築描写の厳密さや金箔の豪奢な空間構成によって,物語の背景にある政治的・空間的権威が視覚的に強調される.また,この時代からは女性の絵師による源氏絵の制作も確認されており,画壇の周縁にいた存在の視点から,女性の見る源氏物語がそっと書き加えられた.
現代においても源氏絵の系譜は途絶えていない.谷崎潤一郎翻訳に合わせて制作された『谷崎源氏画譜』では,文学と美術が再び濃密に結びつき,大正〜昭和初期のエロスとアール・デコが混交する視覚世界が展開された.写真家おおくぼひさこによる『窯変源氏』は,能衣装,光と影のコントラストを用いた写真作品として表現し,視る源氏から感じる源氏への転換を促す挑戦的な現代源氏絵である.室町・桃山期の屏風絵は,婚礼道具として嫁入り道具に含まれることも多く,理想の恋愛と制度化された結婚の緊張関係が絵画として贈与されるという,何とも皮肉な構図が読み取れる.源氏絵とは,時代ごとの愛と美の概念を封じ込めた芸術形態でもあったのである.
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原題: 源氏絵の系譜─平安時代から現代まで
著者: 稲本万里子
ISBN: 4864051321
© 2018 森話社
