| フランス北西部の港町シェルブールで,ささやかだけれど美しい恋を育む自動車修理工の若者ギイと傘屋の少女ジュヌヴィエーヴ.恋に恋する年頃のジュヌヴィエーヴに未亡人の母エムリー夫人は心配顔.出かけるたびに嘘をつきながらもジュヌヴィエーヴはギイと出会う時間が嬉しかった.だがある日,アルジェリア戦争の徴集礼状がギィに届き,二人は離れ離れとなってしまい…. |
港湾都市シェルブールは,18世紀末にルイ16世(Louis XVI)が軍港として開発し,第二次世界大戦ではノルマンディー上陸作戦における激戦地となり,また1950〜60年代にはアルジェリア戦争の影が色濃く漂っていた.つまり,戦争によって繰り返し翻弄されてきた場所である.歴史性を踏まえれば,映画に描かれる男女の悲恋は,私的悲劇にとどまらず,市民生活そのものが戦争により断絶され,反復してきた痛みの寓話であると理解できる.この点で本作は,作風こそ異なるが,初期イタリア・ネオレアリズモの社会背景と響き合っている.ジャック・ドゥミ(Jacques Demy)が本作に導入した映画技法は,全編を通して台詞が歌われる通唱形式のミュージカルであった.
ハリウッドの寓話的ミュージカルの形式を踏襲しつつも,オペラのような大仰な声楽を避け,日常の会話がそのまま旋律に乗せられている.1960年代のフランス映画において,この形式はきわめて斬新であった.ミシェル・ルグラン(Michel Legrand)の旋律は,独唱や二重唱として登場人物の感情をすくい上げ,観客を物語の内部に導いていく.愛を「わが半身」と感じるほどに熱烈に愛し合った二人が,戦禍によって別離を強いられる.若い恋愛がもつ焦燥感と盲目的な陶酔を,ジェヌヴィエーヴとギイのささやき合いが体現するが,その純粋さゆえに,のちに訪れる破局の予感を忍ばせている.
深い悲しみは国や時代を超えて共有可能であろう.ドヌーヴは当時20歳で,本作によって世界的なスターとなったが,その清新な表情の裏に理性による諦念が読み取れる.冒頭,明るいパステル調の雨傘が画面いっぱいに踊るように現れる場面は,青春の軽やかさと恋の高揚を象徴している.しかし終幕での再会は,対照的な重苦しさによって,時間の経過と失われた情熱の重みを突き付ける.結局,縁がなかったのだ――無言の了解があり,二人の表情だけで十分に伝わってくる.米国では当初配給会社が「暗すぎる」と判断し,興行に難色を示したが,結果的にカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞し,世界的評価を獲得することで流れを変えた.
ハリウッドのミュージカルは娯楽性とスケールの大きさに富む一方で,感情を表層的に処理し,抒情性を欠く場合が少なくなかった.これに対して本作は,恋人たちの心の機微そのものを映画の構成要素と位置づけた.「映画史上かつてない大胆な試み」と讃えられた所以である.フランスにおいて映画が「第7の芸術」と呼ばれるのは,まさにこのように,絵画的色彩,音楽的リズム,文学的構造を融合し,新たな芸術形式を創出したからにほかならない.カトリーヌ・ドヌーヴ(Catherine Deneuve)の歌声は吹替えであり,声を当てたのはダニエル・リカーリ(Danielle Licari)であった.他者の声を借りるという構造は,ドヌーヴが演じたジェヌヴィエーヴという人物の自己を他者に預けざるをえない運命を暗示しているかのようである.
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原題: LES PARAPLUIES DE CHERBOURG
監督: ジャック・ドゥミ
91分/フランス/1963年
© 1963 Agnes Varda, Cine-Tamaris
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