| スウィフトの諷刺は,一点の感傷も交えない骨を刺す体のものであり,直接の対象は当時のイギリス社会の具体的事件や風俗であるが,それらは常に人間性一般への諷刺にまで高められており,そこに彼の作品の永遠性,普遍性がある.本書は,船員ガリヴァの漂流記に仮託した『小人国』『大人国』『飛島』『馬の国』の四部の物語からなり,古今東西を通じての諷刺文学の傑作である――. |
英文学史の生んだ「最も不愉快な文学」とされる本書は,この形容が最大級の讃辞であることを自ら証し続けている.童話向けと思われ愛される「小人国」「大人国」,人間の愚昧と醜悪さを罵倒するのは「ラピュタ国」「フウイヌム国」.一医師レミュエル・ガリヴァが探訪した国々で得た驚嘆,それこそがイギリスの慣習を揶揄する痛烈な諷刺.全篇は,貧困に喘ぐアイルランドの塗炭の苦しみ,ジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift)が幻滅したイギリス政界,ダブリンの聖パトリック教会の事情による徹底した厭世観に彩られている.
本書と前後して匿名で出版された『ドレイピア書簡』は,イギリスのアイルランド搾取を非難する内容だったため,イギリス政府は作者の特定に懸賞金をかけた.1729年の『アイルランド貧民の児童を有効に用いるための謙虚な提案』も凄い.嬰児を食肉用に売り出せば,「珍味」「人口問題」「貧民(親)の経済対策」という3つの功徳があるというもの.フウイヌム国で醜悪,無恥,不潔な動物として生息する人種「ヤフー」は,大昔のイギリス人が同国に漂着して居ついたものとガリヴァは推測する.
当時,最高の文明国を自認して取り澄ましていたイギリス人の下劣さを暗に,スウィフトは平明な散文で淡々と述べている.人間社会全体への嫌悪は,不遇の境遇に対する彼の憤懣や諦念から培養されたに違いない.それが本書のような奇異なる傑作の肥やしとなるのであるから,不条理は,時に忌避すべきではない意義を隠し持つ場合があるといわねばならない.スウィフトの書簡によれば,作品本体は,第1篇と第2篇のテーマに基づく部分が1720年に書き上げられ,次に第4篇が1723年に,第3篇が1724年に書き上げられたことが判明している.
ウォルポール内閣の政治や,トーリとホイッグ,英仏の絶えざる政争などが諷刺されていることから,出版社ベンジャミン・モットは大衆の怒りを買うことを恐れ,大幅に改変を施した上で1726年に出版された.古典主義詩人アレキサンダー・ポープ(Alexander Pope)の助けを借りて,スウィフトは貸馬車を雇い,出版社の前で原稿を「取り落とす」.そのような奇策を打って,本書は世に出た.1735年に完全な版が出版された.本書の正式な題名は,『船医から始まり後に複数の船の船長となったレミュエル・ガリヴァによる,世界の諸僻地への旅行記四篇』である.中野好夫の滋味きくす訳で読みたい諷刺文学の傑作.
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Title: GULLIVER’S TRAVELS
Author: Jonathan Swift
ISBN: 4102021019
© 1951 新潮社
