| 永遠に動き続ける機械・動力……中世から近代にかけて,永久運動の探究に,全力を捧げた科学者・技術者,発明家たちと,その不可能な装置の数々を,豊富な図版を織りまぜて紹介.彼らの作品が,科学史にどのように位置づけられるかを考える――. |
近世数学の開花とその高峰には,確かな基礎があった.数学の正しさを担保するものは,実験でも実習でもなく,証明という厳格な手続きである.仮説の検証をひたすら積み重ねる孤独な営みは,一見変人と見なされる人々によって推進され,その連続的成果が学問の歴史を形づくった.その応用の一端として,人類は外的動力なしに運動を持続させる「永久機関」という夢に挑み続けてきた.最古の例をたどれば,インドの数学者バースカラ2世(Bhāskara II)が1150年に「永久に回転する車輪」を構想している.輪廻思想に彩られた文化的背景を思えば,動きの無限性への関心が偶然でないことは明らかである.
以後,西洋においても時計技術や水車の発展とともに,自己回転し続ける装置の設計図は幾度となく現れた.コックスの永久運動装置,キリー・モーター,レドヘッファーの振り子式装置などは,当時の発明家が論理的必然と信じて世に出したものであったが,いずれも現実には機能しなかった.熱力学第一法則(エネルギー保存則),熱力学第二法則(エントロピー増大則)の登場によって,その不可能性は理論的に立証され,永久機関は物理学的に閉ざされた夢となった.しかし,この夢を妄想と切り捨てるのは早計である.錬金術が近代化学を準備したように,永久機関探求の過程は熱力学の成熟を促した.
アイザック・ニュートン(Isaac Newton)が錬金術に没頭する一方で,永久機関を「無から有を得ようとする試み」と評したことは,不可能性の認識と過程が生む学的価値への洞察が含まれている.19世紀の工業社会における蒸気機関の効率化研究は,「なぜ永久機関が成立しないのか」を解明する過程と不可分であった.永久運動は科学の領域だけでなく,文化的想像力をも刺激してきた.ホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)の短編に繰り返し現れる無限,円環の時間のモチーフは,物理的には不可能な永遠性を文学的に変奏したものである.
マウリッツ・エッシャー(Maurits Escher)の版画《滝》,《上昇と下降》に描かれる錯視的構造物は,実現不可能な永久運動装置を美術として定着させた代表例であろう.物理学の法則に反する不可能性が,文化的表象においては逆に驚異を生み出す契機となった.永久機関は,物理的実現を拒む虚構であると同時に,人間精神の永遠性への欲望を映しだす.中世から近代にかけて,その探究に人生を捧げた科学者や発明家の努力は失敗に終わったが,残された装置や記録は科学思想史における不可能性の証明の足跡として確かな意味を持つ.その挫折が制度や文化へ波及し,法的規制や芸術的創造へと姿を変えている.永久運動の夢が破れる様すらも,科学の進展と文化の厚みを支える糧であったのである.
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Title: PERPETUAL MOTION - THE HISTORY OF AN OBSESSION
Author: Arthur W. J. G. Ord-Hume
ISBN: 4022594284
© 1987 朝日新聞社
