▼『利休の黒』尼ヶ﨑彬

利休の黒 美の思想史 (尼ヶ崎彬セレクション)

 日本人はいかにして「日本人」になったのか.「仏教の無常」「老荘の脱俗」「和歌の伝統」……日本の美を決定づけた事象や人物を掘り下げ,思想史として体系づけた待望の書き下ろし.千利休生誕500年記念出版――.

 利休の系譜は,珠光から紹鷗に至る「数寄」の流れにある.珠光は「雲間の月」を理想とした.満月の圧倒的な光明ではなく,雲に隠れた月の淡い光こそが心を動かすという美意識である.また「藁屋に名馬」という言葉に見られるように,貧しげな小屋と高貴な馬の対比に美を見出した.ここに侘びの種子がある.移ろう現象の美を愛でつつ,その背後に揺るがぬ根源的な世界を見出す眼差しである.

 利休の「赤は雑なるこころ,黒は古きこころ」は,この枠組みをさらに先鋭化したものだろうか.その結晶が長次郎の黒楽茶碗である.光を吸い込み,虚飾を排した器は,珠光の「雲間の月」とも,紹鷗の「不変」「随縁」とも呼応する.利休にとって,師の未完を継ぎ足す自己の使命であったと本書は指摘する.この「黒」が時代の権力と緊張関係を孕んでいたことも忘れてはならない.

 金碧障壁画や黄金の茶室に象徴されるように,豊臣秀吉は権勢を誇示するために茶の湯を利用した.茶道具は政権の貨幣として流通し,茶会は大名支配の場と化していった.利休の黒は,まさに抵抗の色であった.秀吉の華美に対する利休の侘び,権力の「こび」に対する美の「無こび」――両者の緊張はやがて破局に至り,利休の切腹という形で終結する.

茶の湯において「こび」とは道具について言われる言葉だったようだが,利休は茶会のあらゆる要素から「こび」をなくそうとした.大名たちの社交あるいは権勢誇示のための茶会は仕方ないとして,「数寄」の茶会からは「こび」や「偽善」の要素をなくそうとしたようである.それは客をうわめだけの豪華さや精神を眠らせる快楽で喜ばせることはしないという形であらわれた

 後世の茶人たちはこの事件を政治的粛清だけでなく,美と権力の対立として深く記憶した.利休の黒楽茶碗は一見すると素朴で,当時の人々には「奇妙(へうげ)」と映ったという.だが,地味さこそが虚飾を拒否する徹底した思想性を体現していた.同時代のヨーロッパでも,スペイン宮廷において黒衣が禁欲と威厳を意味していた.世界的に黒が精神史的な意味をもった時代,利休もまた黒を通じて美の根源を探ったのである.

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原題: 利休の黒―美の思想史

著者: 尼ヶ﨑彬

ISBN: 4909832610

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