| 男は生涯,虎に憧れていた.インドのある村の近くで青い虎が目撃されたという情報を得て,彼はその目で確かめるため,そこへ向かう.時が経つにつれ,彼は「青い虎」とは宇宙で唯一無二の小さな青い石であることを知る.その石は算術の法則に従わない.数えることはできず,その数は常に変化していた――. |
現実の構造をゆるやかに解体し,論理という人間的秩序の限界を露わにする.ホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)最晩年の短編集『シェイクスピアの記憶』に収められた四篇のうちの一篇であり,本書は限定36部で刊行された.主人公クレイギーが追い求める「青い虎」は現実には存在しないが,数の変化する青い石によって寓意的な姿を得る.青い石は,たとえば10個の石が翌日には12個に,あるいは7個に減るという奇妙な性質を備えていた.
数学的確実性は消え,数は観測者の信念と同じくらい不安定なものとして描かれる.この不条理な現象は,ボルヘスが生涯を通じて追求した形而上学的主題――世界は言語によってのみ認識されうる――を算術の次元にまで転化した試みであろう.若い頃のボルヘスは,言語と論理への異常な執着を抱いていた.蔵書にはルイス・キャロル(Lewis Carroll)『シルヴィーとブルーノ』やジョージ・ブール(George Boole)『思考の法則』への書き込みが残されている.
形式的論理と幻想文学を橋渡ししようとするボルヘスの試みは,戦前から始まっていた.「青い虎」というモチーフは,幼少期に読んだ中国古典『山海経』や仏教の幻獣観に影響を受けた可能性もある.さらに,ボルヘスはインド哲学への関心も深く,マーヤ(幻影)の思想を好んでいたという.本編における数のゆらぎは,現実の非実在性を提示するものにほかならない.
1950年代末,ボルヘスはほぼ失明状態となり,執筆も口述に頼らざるをえなくなる.最晩年の短編集は,視覚世界の崩壊とともに数や形という秩序の終焉を受け入れた作家の,最後の知的営為である.読後には,ホラーにも似た不安が伴うが,その本質はむしろ禅的である.論理の外にある不可測を受け入れたとき,人間は初めて世界を新たな次元で見ることができる.
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Title: TIGRES AZULES
Author: Jorge Luis Borges
ISBN: 9784003770146
© 2023 岩波書店
