| すみれ色の霧におおわれ,ものうげのたゆたう惑星ソラリスの海.だが,一見何の変哲もなく見える海も,その内部では,一種の数学的会話が交され,自らの複雑な軌道を自己修正する能力さえ持つ,驚くべき高等生命だった!しかしその知性は,人類のそれとはあまりにも異質であった.いかなる理論をも,いかなる仮説をも受け入れず,常にその形を変え,人類を嘲笑するかのようにつぎつぎと新たなる謎を提出する怪物……生きている<海>.人類と思考する<海>との奇妙な交渉を通して,人類の認識の限界を探り,大宇宙における超知性の問題に肉薄する傑作――. |
人間の深層意識に共鳴する〈ソラリスの海〉は,それ自体が意志を有し,物理法則の及ばぬ存在として蠢く.人間の記憶の底に沈殿する「像」を物質化し,亡き者を召喚する〈海〉は,まるで人間理性の盲点をあざ笑うかのように,認識の外縁を揺さぶる.スタニスワフ・レム(Stanisław Herman Lem)は,SFが本来志向すべき異星との接触(ファースト・コンタクト)の主題を,存在論的な問いにまで高めた.アメリカSF界におけるファースト・コンタクトは,対立・勝利・敗北・共存といった明快な図式を前提としてきた.しかしレムは,そこに潜む人間中心主義を痛烈に批判した.レムにとって異星知性とは,理解不能であることが本質であり,人間の理性を通して他者を把握することの不可能性を突きつける鏡であった.
その「未知のもの」との出会いは,人間に対して,一連の認識的,哲学的,心理的,倫理的性格の問題を提起するに違いない.その問題を,暴力によって,たとえば,未知の惑星を爆破するというような方法によって解決しようとすることは無意味である.それは単位現象の破壊であって,その「未知のもの」を理解しようとする努力の集中ではない
レムの作品はアメリカSF作家協会(SFWA)の価値観と相容れず,名誉会員資格を一時剥奪されている.皮肉なことに,この異端視こそがレムの独創性を証明するエピソードとして,今日ではむしろ文学史的に称揚されている.本書は,『エデン』『砂漠の惑星』と並んで,異なる世界との意思疎通の"真空"を通して,認識論と存在論の接点を探る.ソラリスの海が見せる"再生された幻影"は,個人の罪悪感と記憶の構造を可視化する装置であり,同時に,神なき宇宙における赦しのメタファーであろう.レムの筆は,科学的厳密さと形而上学的沈思を融合し,SFというジャンルに哲学的緊張を導入した.1970年,日本で開催された国際SFシンポジウムにおいて,レムの存在が西側諸国で初めて大きく認知されたことは興味深い.
当時,社会主義圏の作家としてのレムは政治的にも文学的にも孤立していたが,日本のSF批評界――伊藤典夫や小松左京らの尽力によって――その知的スケールが広く紹介された.以後,本書はアンドレイ・タルコフスキー(Андрей Арсеньевич Тарковский),スティーヴン・ソダーバーグ(Steven Soderbergh)によって2度映画化され,タルコフスキーは神秘主義的形而上学,ソダーバーグは心理的内省という異なる方向で原作の難解さに挑んだ.ソラリスの海は,一見して無機的な流体でありながら,内部では数学的秩序に従って自己修正を繰り返す.レムはここに,人間が観測者として宇宙に意味を与えるというコペルニクス的錯覚を批判した.すなわち,「他者」「宇宙」は,人間の理解を超えて存在し続ける――非人間中心的視点こそが,本書を20世紀SF文学の転換点たらしめている.
ロバート・E・ハワード(Robert Ervin Howard),エドガー・R・バローズ(Edgar Rice Burroughs)の冒険的ヒロイズムが礼賛されたアメリカSF黄金期において,レムは真逆の方向を歩んだ.レムにとって科学は征服の道具ではなく,むしろ人間の無知を照らす冷たい鏡であった.ゆえに本書の終章に置かれた一文――「私は,驚くべき奇蹟の時代はまだ永遠に過去のものとなってしまったわけではない,と固く信じていた」――は,人間の思惟そのものが奇蹟の残響であるという認識なのである.人間と〈海〉のあいだに築かれるのは言語でも理性でもなく,沈黙における対話――認識する者としての人間の限界を描く荘厳な黙示録,存在と虚無が渾然と溶け合う宇宙的孤独なのである.
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Title: SOLARIS
Author: Stanisław Herman Lem
ISBN: 4150102376
© 1977 早川書房
