■「リトル・チルドレン」トッド・フィールド

リトル・チルドレン [DVD]

 郊外の住宅街に住む平凡な主婦サラは,司法試験を目指す子持ちの主夫ブラッドと知り合う.二人は惹かれ合い,次第に気持ちが抑えきれなくなってゆく.その頃,二人が住む街では子供に悪戯をして服役していたロニーが釈放され,問題となっていた.ブラッドの友人の元警察官ラリーはロニーを糾弾するビラを貼り,街の人々も次第に常軌を逸した行動をとり始める….

 つて情熱的なフェミニストであったサラは,今や郊外の母親として,娘ルーシーを連れて昼下がりの公園に通う日々を送っている.取り巻くのは,保守的な主婦仲間たち──話題は,司法試験に落ち続け「主夫」として暮らすハンサムな青年アダムスの噂で持ちきりである.皮肉なことに,幸福を渇望するサラとアダムスが惹かれ合うのに時間はかからなかった.サラが文学サークルで『ボヴァリー夫人』を論じる場面が登場する.

 ギュスターヴ・フローベール(Gustave Flaubert)が「ボヴァリー夫人は私だ」と語ったように,サラもまた自己の虚無を見つめる術を失ったボヴァリーであった.一方,物語の裏面には,小児性愛者ロニーと,彼を執拗に糾弾する元警官ラリーがいる.社会から排除された者,正義の名のもとに狂気へ堕ちる者.どちらも「リトル・チルドレン」である.成熟した大人とは何かの定義をこの映画は徹底的に問い崩していく.ロニーの母だけが,息子の罪を引き受け,無条件の愛を注ぐ存在として描かれる点は,救済といえるだろうか.

 ロニーを演じたジャッキー・アール・ヘイリー(Jackie Earle Haley)の復活劇――本作での復帰は実に13年ぶりである――は,俳優のキャリアとして興味深い.1970年代,名子役として注目されたヘイリーは,長らく映画界を離れ,ピザ配達やリムジン運転手として生計を立てていた.その鬱屈と挫折の時間が,ロニーの孤独と贖罪の演技に迫真のリアリティを与えた.まさに「失われた子ども」の再生を体現したのである.かつて流行した「アダルト・チルドレン」という語が家庭環境の歪みを論じたのに対し,本作の「リトル・チルドレン」は,より普遍的な人間の未熟性を暴き出す.

 終盤,恋人たちの逃避行は滑稽なまでに未成熟であり,まるで思春期の駆け落ちである.彼らは,責任からの逃避を「愛」と誤解したにすぎない.サラもアダムスもロニーも,社会的な意味では大人でありながら,精神的には未成熟に留まっている.成熟とは年齢ではなく,恐怖と欲望を直視する勇気である.誰しも子どもの頃,大人になれば世界の仕組みを理解し,他者を導く資格を得ると思っていたはずだ.しかし現実には,成長の果てに見えるのは,理性を欠いた「成長の停止者」たちの群像でしかない.本作は,そのような幻想を断ち切る残酷な告解である.

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原題: LITTLE CHILDREN

監督: トッド・フィールド

137分/アメリカ/2006年

© 2006 New Line Cinema, Bona Fide Productions, Standard Film Company