▼『良い財政赤字 悪い財政赤字』リチャード・クー

良い財政赤字 悪い財政赤字

 最悪の状況を脱した日本経済.自律回復に向け,どのような道筋を辿るのか.本書では,株・債券・不動産等のマーケット分析から日本経済の近未来を読み切る.バランスシート不況という怪物の実態に迫りその解決策を提示する21世紀の経済原論――.

 0年代末〜2000年代初頭の日本経済の病理を「バランスシート不況」という概念を通じて描き出している.著者は財政赤字を「悪」として片付ける議論に対して強く異議を唱え,公共支出という積極的手段が景気の回復に不可欠であることを説く.金融政策が効力を失う状況――負債圧縮が民間を支配し,ゼロ金利下でも投資や消費が回復しない局面――の処方箋として財政出動の正統性を補強している点は評価に値するだろう.

 しかしながら,留意すべき第1の点は,「大規模財政出動=万能薬」と受け取られかねない単純化が時折顔を覗かせることにある.財政支出の効果は支出の質――インフラ投資か,非生産的な無駄遣いか――とタイミングに強く依存するため,どのような公共事業が持続的な成長につながるのか,より細かな検討があると説得力が増したはずだ.第2に,国債残高の議論においてはマーケットが容認している観点は重要だが,グローバルな金利変動や投資家心理の転換をどうフェイルセーフするかという実践的な設計論が不足している.

 結局,財政出動は必要性を免責しない.持続可能性と透明性の担保が不可欠である.バブル崩壊後の日本で「失われた10年」と称された時期には,金融機関の不良債権処理が政治課題でもあり,再編や公的資金注入が何度も議論された.奇しくもこの時期に生まれた議論の多くは,後年の量的緩和,財政政策の役割論争の素地になっている.国債の保有に関しては国内の家計・金融機関が大半を占める特殊性があり,これは一見安心材料に見えるが,裏を返せば国内の貯蓄動向に政策が影響されやすいという脆弱性でもある.

 バランスシート不況の診断と財政療法の擁護の提言を現実政策へ落とし込む際には,「どの支出か」「いつやるか」「誰が負担するか」という設計の議論をより突き詰める必要がある.財政赤字そのものを恐れるのではなく,「良い赤字」「悪い赤字」に分けて評価し,将来世代へ不当な負担を残さない制度的仕掛けを同時に構築すること――これが著者の主張を現実政策に繋げるための最重要な補完命題である.景気回復のタイミング予測は常に誤差を伴う.著者が提示した「2〜3年での脱出」という展望も,投資サイクルや国際経済の外乱(米国やアジアの動向)次第で変わり得た.今となっては,条件付きの過去の診断書として読むことが賢明である.

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Author: Richard C. Koo

ISBN: 4569614183

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