▼『ロボット』カレル・チャペック

ロボット(R.U.R) (岩波文庫 赤 774-2)

 ロボットという言葉はこの戯曲で生まれて世界中に広まった.舞台は人造人間の製造販売を一手にまかなっている工場.人間の労働を肩代わりしていたロボットたちが団結して反乱を起こし,人類抹殺を開始する.機械文明の発達がはたして人間に幸福をもたらすか否かを問うチャペック(1890‐1938)の予言的作品――.

 機質な骨格に肉を与え,人工の原形質(プロトプラズマ)によって生命を模した"ロボット"は,当時の科学者たちが夢見た人造人間(アンドロイド)であった.ロボットという言葉は1920年1月25日にプラハで初演された本作によって世界に広まった.のちに英語圏に輸入され,アイザック・アシモフ(Isaac Asimov)「ロボット三原則」をはじめ,ロボット工学の根幹にまで影響を及ぼす.だが,カレル・チャペック(Karel Čapek)のロボットはアシモフのような知的機械ではなく,生体的奴隷であった.血や臓腑をもつロボットは,生産と労働の道具として創造されながら,自我の目覚めによって創造主への反逆を開始する.

 人間が神に似せてロボットを作り,そのロボットが神に背いた人間を模倣して創造主を滅ぼす――旧約的なパラドクスの再演である.チャペックはロボットの反乱を人間の倫理的退廃への警鐘として描いた.ロボットは意志・情熱・歴史を持たぬ存在として設計されたが,やがて労働と苦痛を通して魂を得てゆく.彼らの"人間化"は人間の"非人間化"と入れ替わる.この戯曲の政治的背景を無視してはならない.唯一生き残る建築技師アルクビストが,機械を使わず自らの手で働く人物であった.ロボットが彼を「人間ではない」と断じたのは,もはや労働こそが人間の本質を決める指標ではなくなったという皮肉である.

 第一次世界大戦後のチェコスロヴァキアでは,産業の再建とともに労働運動が激化し,ナチズムが台頭する.チャペックは『山椒魚戦争』『母』においても,ファシズムと科学万能主義の危険を痛烈に警告した.チャペックはゲシュタポにとって「チェコ第二の敵」とされ,1939年のドイツ占領時に親衛隊が自宅に踏み込んだが,チャペックはその数ヶ月前に肺炎で死去していた.夫人の「いらっしゃるのが少し遅かったようですわ」という皮肉な一言は,全体主義に対する知識人の最期の抵抗として語り継がれている.チャペックの先見性は,ジョージ・オーウェル(George Orwell)『1984年』より四半世紀早く,体制的支配と機械的合理主義がもたらす人間性の凍結を見抜いていた点にある.

 本戯曲の初演時,舞台装置は当時の前衛美術運動キュビズムの影響を受け,チャペックは哲学的自由主義を基盤とした「ヒューマニズム演劇」を国家理念と結びつけていた.ロボットの反乱とは,自由と理性を放棄した社会が自らを滅ぼす寓話だったのである.人間が神の位置を奪おうとした瞬間,神は沈黙し,創造物が倫理を問う.沈黙の深淵を覗き込みながら,文明と倫理の二律背反を見事に劇化している.100年以上を経た現代のAI時代にあっても,チャペックの問いはなお未解決というほかはない.「魂なき知性」に人類はいかなる責任を負うのか.その提起の原点は,1920年のプラハの小劇場にすでに置かれていたのである.

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Title: R.U.R.

Author: Karel Čapek

ISBN: 4003277422

© 1989 岩波書店