| 大正末期東京を舞台に,田舎者の視点から都市の不可思議さを描く.関東大震災後の近代化を背景に,文明が認知を歪める構造的暴力を風刺的に照射した都市論的作品――. |
東京の地下鉄は1927年に開通し,関東大震災後の都市再編とともに,地下空間,無電塔,議事堂といった新たなインフラが人々の生活意識に浸透した.八王子行きの電車,入口が4つある銀座尾張町,無用に繰り返される炭の移し替え――それぞれ独立した笑い話として機能するが,併せて読むとき,現実が恣意的に再配置され,意味が剥奪される都市空間が立ち現れる.読者は失笑し,やがて不快感を覚え,筆者と同じく都市そのものの不可思議さに絡め取られるだろう.
段階的な感情操作こそ,夢野久作の文体技巧の確かさを証している.「無電塔」「キネオラマめいた青空」などは,当時の映画や無線通信技術の感覚を援用し,人工的現実の異化を表現している.銀座の露店での炭の移し替えは,資本主義的欺瞞の縮図であって,一見無意味な作業が,実は道具の宣伝という目的のために演出される.手段が目的化し,虚飾が現実を覆う構造は,現代の広告やマーケティングの原型としても読解可能であろうか.
物語後半の「某名士」「軍事探偵」の挿話は,都市の欺瞞をより鮮明にする.軍事や秘密が日常生活に浸透し,個人の倫理や誠意さえも金銭的価値へと換算される構造が露呈する.名士が書き与えた「誠意」が後に十円で売られる場面は,東京という都市の底知れなさ,人間関係の成立不可能性を見せており,筆者の恐怖が頂点に達する瞬間である.このような恐怖は夢野の代表作『ドグラ・マグラ』と連続している.
両作に共通するのは,現実と虚構の錯綜を通じて精神の不安定さを映し出す点であるが,本作では風刺と社会観察が前景化するため,都市が「狂気の装置」として機能する.田舎の子どもの笑顔や土の匂いへの憧憬は,擬似現実化した都市生活からの精神的自衛にほかならない.本編は,田舎者の珍道中譚に過ぎないが,描かれる恐怖の本質は,近代化が孕む異化作用にある.迷子,錯覚,欺瞞の連鎖は,都市化と技術進歩がもたらす認知の裂け目を鮮やかに示している.
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原題: 恐ろしい東京
著者: 夢野久作
ISBN: 4867800716
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