■「ハプニング」M・ナイト・シャマラン

ハプニング [Blu-ray]

 第一の兆候は言葉の錯乱.第二の兆候は方向感覚の喪失.そして第三の兆候――公園では自らの手で生命を絶つ人が続出,工事中のビルでは作業員が次々に飛び降りた!異常現象はあっという間に全米に拡大.新たなテロ説,正体不明のウィルス説が飛び交い,人々は列車で車で街を逃げ出す.だが,見えない恐怖は確実に人々を追い詰める!果たして何が起こっているのか?人類は滅んでしまうのか….

 発的な出来事<ハプニング>とは,1950年代末から60年代にかけて前衛芸術家アラン・カプロー(Allan Kaprow)が提唱した実験的パフォーマンスの名称である.観客参加型の偶発的芸術として,偶然性を芸術表現の中核に据えた試みであった.本作は,その名を借りつつ「偶然」の肥大化が不条理へと転化する瞬間を捉えようとした作品である.だが,アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)「鳥」(1963)が達成した自然の暴力の寓意性,人間中心主義への批判的視座には遠く及ばなかった.

 ヒッチコックが不条理を精密に制御し,恐怖の内に含意を織り込んだのに対し,シャマランは「謎」を放置することで解釈の余地を残そうとした結果,構築力の脆弱さを露呈した.ニューヨークのセントラルパークで突如発生する集団自殺の「波」はフィラデルフィア,ボストンへと拡散し,人類は自らの意志で自滅していくかのように見える.M・ナイト・シャマラン(M. Night Shyamalan)はその原因を,植物が化学物質を放出して人類を攻撃している仮説で包み込み,意図的に説明を拒む.

 蜂群崩壊症候群や生態系の自己防衛といった科学的モチーフを散りばめるものの,それらは作品の主題というより,脅威の素材に留まる.観客は終始,根拠なき恐怖と説明不足の狭間に宙吊りにされる.「シックス・センス」(1999)や「サイン」(2002)における超自然の論理が影を潜め,ここでは因果を断ち切ることで現代社会の「説明過多」へのアンチテーゼを試みているようだ.本作は,アメリカの集合的無意識に巣食うエコロジー的罪悪感の投影でもあったのだろうか.

 全編にわたってあまりに抽象的であり,映像による構築が伴っていない.シャマランは"日常の裂け目"を描く演出家でありながら,その裂け目の向こうに何を見せるかという視覚的緊張を維持できなかった.ヒッチコックの「鳥」が,身近な存在である鳥を象徴へと昇華させ,人間社会の脆弱性を暴いたような映画文法上の発明が見られないのだ.結局,本作の「不条理」は,哲学的深化を欠いた説明の放棄に堕しているのである.

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原題: THE HAPPENING

監督: M. Night Shyamalan

91分/アメリカ/2008年

© 2008 TWENTIETH CENTURY FOX