| 自殺したロシアの作曲家の取材のためにモスクワからイタリアに旅行に来ている作家アンドレイ・ゴルチャコフは,温泉の街バーニョ・ヴィニョーニで老人ドメニコに出会う.ドメニコは世界の終末を信じ,7年間にもわたって家族を幽閉したため周囲からは奇異な目で見られていた.彼はアンドレイに「ロウソクに火を灯し,それを消すことなく温泉の広場の端から端まで渡れたら,世界が救済される」と言い残し,ローマに発つ…. |
亡命の予感とともに撮られた精神の巡礼である.アンドレイ・タルコフスキー(Андрей Арсеньевич Тарковский)が祖国ソ連を離れて初の監督作となった本作は,喪失と記憶をめぐる形而上学的な祈りとして成立している.撮影は異郷のイタリア各地――トスカーナ,サン・ガルガーノ修道院,バーニョ・ヴィニョーニの温泉地――で行われたが,再現されたのは心的風景としてのロシアである.
タルコフスキーは当初,盟友アナトリー・ソロニーツィン(Анато́лий Алексе́евич Солони́цын)を主役に想定していたが,肺癌を患っていたソロニーツィンはイタリアに渡航できず,1982年に死去した.タルコフスキー自身も数年後に同じ病で4年後に世を去る.物語の中核には,理性の限界と信仰の跳躍が描かれる.狂気を帯びた男ドメニコの案内した水の滴る廃屋の壁に「1 + 1 = 1」と描かれている場面は印象的である.
共同脚本家トニーノ・グエッラ(Tonino Guerra)がかつてミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni)と組んだ「赤い砂漠」(1964)の自己引用であり,直感的真理への憧憬の再現である."NOSTALGHIA"は,イタリア語の発音をロシア語風に表記したもので,言語に異郷と祖国の交錯を宿している.最終カットでは,ロシアの家屋と丘が,サン・ガルガーノ修道院の中に強制遠近法によって融合され,幻視的な映像は,場所と記憶,現実と夢,祖国と亡命の境界をすべて溶解させている.
当初,製作はモスフィルムの支援のもとで計画されていたが,途中でソ連側が突如支援を打ち切った.タルコフスキーはイタリア国営テレビ(RAI)とフランスのゴーモン社の援助を得て撮影を継続し,ロシアの場面をイタリアの田園に再構築するという手法で完成させた.カンヌ国際映画祭では国際批評家連盟賞(FIPRESCI賞)を受賞したが,当局の干渉により正式コンペティションからは排除された.奇しくも「アンドレイ・ルブリョフ」(1966)のときと同じ構図であり,タルコフスキーの亡命決意を決定的にしたと伝えられている.
++++++++++++++++++++++++++++++
原題: NOSTALGHIA
監督: アンドレイ・タルコフスキー
126分/イタリア=ソ連/1983年
© 1983 Rai 2, Sovinfilm
![ノスタルジア [Blu-ray] ノスタルジア [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/51ljuY28kGL._SL500_.jpg)