■「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」ポール・T・アンダーソン

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド [Blu-ray]

 舞台は20世紀初頭のカリフォルニア.幼い息子と2人きりで石油発掘による一攫千金を狙うダニエル・プレインヴューは,1人の青年から仕入れた情報を手がかりに見渡す限りの荒野を買取り,莫大な油田を掘り当てる.勢いに乗って事業を拡大し,富と権力を手にする一方,油田の大事故で息子が聴力を失ったことをきっかけに,自ら周囲との関係を閉ざし孤立していく….

 本主義の根源に潜む欲望と破滅を,神話的に描いた異形の叙事詩である.ポール・T・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)は,アプトン・シンクレア(Upton Sinclair)の社会派小説『石油』のほとんどの筋を削ぎ落とし,宗教批判や社会風刺の枠を超えた人間の欲望の形而上学を提示した.タイトルの"血"は石油を指すとともに,血縁,信仰,野心によって流される比喩と実体の双方の血液である.

 プレインビューの人間性は,理解と説明が極めて難しい.仲間の子を養子として引き取りながらも,成長した彼が独立しようとすると,まるで裏切り者のように罵倒し突き放す.弟と名乗る男には一瞬の情を見せるが,欺瞞を察知するや否や冷酷に粛清する.人間愛の欠片もなく,信頼を拒絶する徹底した孤立の哲学が貫かれる.観客は沈黙と怒号の間に,欠落した感情の空洞を見るのみである.狂信的牧師イーライとの対立は,資本と宗教というアメリカ文明の二つの柱が互いを呑み込み合う儀式である.

 アンダーソンは両者の抗争を,どちらも救済を知らぬ二重の狂気として描く.撮影監督ロバート・エルスウィット(Robert Elswit)による荒涼としたテクスチャは,ジョン・フォード(John Ford)の西部劇を思わせつつも,ジョニー・グリーンウッド(Jonny Greenwood)の不協和音が陳腐なイメージを切り裂く.このスコアは,「2001年宇宙の旅」(1968)で使われた前衛音楽に影響を受けたもので,無音と爆音のあいだに宿る神を探した結果,独特の世界観に寄与している.

 プレインビューを怪演したダニエル・デイ=ルイス(Daniel Day-Lewis)は役のために18か月を費やし,声のトーンをジョン・ヒューストン(John Huston)に倣って作り上げたという.その結果生まれたのは,野心と憎悪を同時に発酵させるような生々しい怪物である.血と油が混ざり合うラストの静寂は,資本主義の勝利ではない."I’m finished"という台詞は,プレインビューの破滅宣言であると同時に,アメリカ的欲望の完成=終焉の響きでもあるだろう.

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原題: THERE WILL BE BLOOD

監督: ポール・T・アンダーソン

158分/アメリカ/2007年

© 2007 Paramount HE.