▼『監視資本主義』ショシャナ・ズボフ

監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い

 監視資本主義という言葉を生み出したハーバード・ビジネススクール名誉教授が示す,資本主義と人類の未来のビッグピクチャー.原書は2019年に刊行され,世界的な話題書に――.

 ジタル経済が便利さと自由を約束する裏で,個人の行動・感情・嗜好までもが収奪されている.この構造を,どう考えるべきだろうか.本書が提示する「監視資本主義」とは,行動の未来を取引する市場である.かつて資本主義が土地・労働・貨幣を商品化したように,監視資本主義は「人間の経験」全般を商品化する.Googleの検索履歴,Facebookの「いいね」,Amazonの購買傾向,スマートフォンの加速度センサー――すべてがアルゴリズム的抽出の対象となる.

監視資本主義とその結果を理解するには,さまざまな学問分野と時代を縦横に行き来しなければならない.目指すのは,これまでなじみのなかった概念,現象,レトリックおよび慣行の中にパターンを見つけるのに役立つ概念と枠組みを構築することだ.そうやって未踏の地を地図に記していけば,やがて人形遣いの,骨と肉を持つ実体が見えてくるだろう

 著者はこれを「行動余剰」と呼び,21世紀の新たな剰余価値であると喝破した.この概念の原型は,冷戦期のサイバネティクス研究にまで遡ることができる.ノーバート・ウィーナー(Norbert Wiener)による「制御と通信」の思想は,情報のフィードバックを用いて行動を予測・誘導する発想を既に内包していた.本書の批判は,科学的合理性がいつのまにか支配の合理性に転化していった歴史を明るみに出す点で,フーコー的権力論の現代的更新ともいえるだろうか.

 監視資本主義を「民主主義の宿敵」と断ずるとき,それはプライバシー侵害を超えた,人間の「行為する自由」への侵犯を意味している.本書を完成させるのに著者は17年を費やし,2000年代初頭,Googleのストリートビュー撮影車がプライバシー問題で批判を浴びた事件が,執筆の原点のひとつだという.監視資本主義は,我々が意識しないうちに"自律"を奪う.スマートフォンの通知,YouTubeの自動再生の一つひとつが,無意識的な行動の設計図に基づいて作られている.

わたしは現代の状況を理解するために,テクノロジーの詳細と企業のレトリックとの複雑な交差の深部にパターンを読み取るという手法をとった.わたしの挑戦が成功すれば,この地図と概念は,前例のないものの全容を明らかにするとともに,監視資本主義が経済的・全社会的支配を追い求めるにつれてわたしたちの周囲で起きてきた激しく急速な変化を,より賢明かつ包括的に理解する助けになるだろう

 明らかに従来の資本主義とは異なる"精神の植民地化"が進行している.アダム・スミス(Adam Smith)が『国富論』で市場の自律を描いたように,本書は情報市場の暴走に対して倫理的制御を呼びかける.皮肉にも,この書が警鐘を鳴らす構造は,読者がそれをKindleで購入し,読書記録がクラウドに同期される瞬間にも作動している.もはや外部の問題ではない.我々自身の選択とクリックが,次の支配のアルゴリズムを育てているのである.

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Title: THE AGE OF SURVEILLANCE CAPITALISM - THE FIGHT FOR A HUMAN FUTURE AT THE NEW FRONTIER OF POWER

Author: Shoshana Zuboff

ISBN: 4492503315

© 2021 東洋経済新報社