| 2002年,開発者・金子勇は,簡単にファイルを共有できる革新的なソフト「Winny」を開発,試用版を「2ちゃんねる」に公開をする.彗星のごとく現れた「Winny」は,本人同士が直接データのやりとりができるシステムで,瞬く間にシェアを伸ばしていく.しかし,その裏で大量の映画やゲーム,音楽などが違法アップロードされ,ダウンロードする若者も続出,次第に社会問題へ発展していく…. |
2000年代初頭のネット黎明期を背景に,情報化社会における責任と自由の構造的矛盾を取り上げる.天才的なプログラマー金子勇は,技術に夢を託した純粋な理想主義者として描かれる.Winny事件は,2004年に京都府警が金子を著作権法違反幇助の容疑で逮捕したことに始まる.事件の本質は,国家権力が技術者を逮捕できる前例を作りたかったこと,日本社会がP2P技術のような「制御不能な自由」をどこかで忌避していたことにあった.
Winnyを悪用したユーザーは200万人にのぼったが,金子自身は著作権侵害を目的としていなかった.むしろ匿名性と分散性によって情報統制を回避する技術を志向していたのである.金子を危険な天才と報じた新聞各社は,事件の誤報性に気づくが,その訂正は小さく,社会は沈黙を選んだ.奇しくも,警察がWinny経由で内部資料をハッカーに奪われていたという事実が,のちに明らかになる.権力側が技術を理解できなかったという事実である.事件を担当した京都府警の一部職員が,のちにサイバー犯罪対策室に異動していた.
皮肉にも,彼らは次世代のネット防衛の最前線に立つことになった.映画の副線として描かれる愛媛県警の仙波敏郎――裏金問題を内部告発した実在の警官――は,作品の倫理的支柱である.Winnyがもたらした匿名の自由とは,告発者を守る技術でもあった.金子の無罪が確定したのは2011年12月.その半年後に急逝した(享年42).残した最期の言葉のひとつに「技術者を犯罪者にしない社会にしてほしい」というものがある.個人の正義が不条理に勝利する瞬間であると同時に,技術者たちへの鎮魂でもある.
本作が提示するのは,技術を恐れる社会の不自由であろう.日本では,明治以来の官主導型近代化が技術の自由な発展を抑制してきた歴史がある.Winny事件はその延長線上にあり,開発者が法の網にかけられた最初の事例であった.裁判資料や警察の取り調べ室の再現は,実際の弁護団が監修している.劇中で壇弁護士が使う「開発者に罪はない」という台詞は,実際の弁論要旨からの引用である.ブロックチェーン,生成技術などが急速に進化する現代において,開発者の責任と利用者の自由は,いまだ解かれぬ倫理的パラドクスである.その問いはいま,再びChatGPTや生成AIの時代に蘇っている.
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原題: WINNY
監督: 松本優作
127分/日本/2022年
© 2023 映画「Winny」製作委員会
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