| モディリアニがその多彩で不幸な短い生涯を閉じたとき,この画家の若い妻ジャンヌ・エビュテルヌがあとを追って自殺したことはあまりにも痛ましい物語だが,あとには満二歳の娘,母親と同じ名前を与えられたジャンヌがのこされた.このジャンヌが本書の著者である.彼女はモディリアニ家にひきとられてイタリアで成長したが,美術研究の道に進み,特にドイツ表現派とエコール・ド・パリを研究した――. |
破滅的な生涯の短さを補って余りある画業に酒,麻薬,女性.そのいずれが欠けても,アメデオ・モディリアニ(Amedeo Clemente Modigliani)の独特のフォルムは現在とは異なる姿をしていたであろう.伝説と神話に包まれたモディリアニ像を剥ぎ取り,事実に即して生涯を再構築したのが,実の娘であり,美術研究者でもあるジャンヌ・モディリアニ(Jeanne Modigliani)である.2歳のときに父を結核で失い,母ジャンヌ・エビュテルヌ(Jeanne Hébuterne)はその直後に後を追って自殺した.成長した娘ジャンヌは,フランス政府の研究助成を受けてヴィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh)の研究を経たのち,父の批判的研究に着手した.肉親としての愛情に溺れず,伝説の誤謬を正そうとする筆致は厳格であり,本書はモディリアニ評伝として高い信頼を得ている.1920年前後のパリ,いわゆる「エコール・ド・パリ」には,野心的な若手――マルク・シャガール,藤田嗣治,ジャン・コクトー,シャイム・スーティン,パブロ・ピカソら――が群れ集っていた.
酒と議論が交錯する夜ごと,最も異彩を放っていたのがモディリアニである.「ボヘミアン」と称されながら,孤独と病を抱えた隠遁者であった.当時のパリ美術界は,抽象やキュビスムが主流を占め,モディリアニの独自様式は理解されなかった.多文化の坩堝たるパリでさえ,きらめきを受け止める成熟を備えなかったのである.モディリアニが最も愛したのは肖像画であった.瞳を描かぬアーモンド形の目,異様に長い首.模倣不可能なその造形は,350点に及ぶ肖像画の中で一貫している.反して,風景画はわずか3点に過ぎない.彼の表現は,彫刻的造形への関心と,エジプト・アフリカ・オセアニアなどの原始美術,さらに故郷イタリアのシエナ派に連なる厳格な古典主義の融合により形成された.ギリシア建築のカリアテッド(女像柱)を主題とした素描群も,彫刻的探究の延長線上にある.1884年,イタリア・トスカーナ地方リヴォルノに生まれたモディリアニの家は破産状態にありながら,裕福な叔父の支援で教育を受けた.
母エウジェーニア(Eugenia Modigliani)がバールーフ・デ・スピノザ(Baruch De Spinoza)の末裔であるという逸話は,ジャンヌによって明確に否定される.スピノザは子を残さなかった.チフス罹患時に美術への情熱に目覚めたという逸話も検証の結果,根拠薄弱とされる.著者はこうした「血統神話」「病のロマンチシズム」を排し,伝説の独り歩きを厳しく戒めている.冷徹な姿勢は,肉親研究の情的甘さを断ち切るものだ.モディリアニは,結核療養のため各地を転々としながら古典芸術と寺院建築に触れ,後の造形観に決定的影響を受ける.ヴェネツィア時代にはマッキア派,後期印象派,象徴主義に影響を受けた.1906年に憧れのパリへ.モンマルトルの共同アトリエ〈洗濯船〉でピカソらと交わるが,キュビスムの潮流には与せず,あくまで人物の内面を探究した.放浪,飲酒,大麻,キャバレー.退廃と熱狂の中で,ピカソが「彼を探すにはモンパルナスの十字路に行けばよい」と皮肉を言うほど,放埓ぶりは知られていた.
円筒状の頸の上の顔の斜めの配置,装飾的形式と彫刻的緊密さとの綜合,それに何にもまして,線を単に図形的追想としてだけでなく,そのヴォリュームを構成し,マックスを集約して,それらの重みさえも強調する手段として用いること
彫刻家コンスタンティン・ブランクーシ(Constantin Brâncuşi)に師事,アフリカ彫刻やギリシア古典の単純化された造形に触発され,カリアテッドのテーマを反復した.だが大理石粉が持病を悪化させ,彫刻を断念.以後,平面の絵画に彫刻的リズムを導入し,曲線と律動を併せ持つ独自の肖像画を確立する.《女の肖像》(1917),《若いロロット》(1918)に見られる長い首と傾いだ頭部には,立体造形で得た構成感覚が息づいている.1917年,アカデミー・コラロッシで14歳年下のジャンヌと出会う.彼女は青い瞳の美しいモデルであり,24枚の肖像画に描かれた.2人は貧困と愛情の中で娘をもうけるが,生涯唯一の個展は一枚も売れず,絶望の淵に沈んだ.酒と麻薬に蝕まれたモディリアニは,療養先のニースで一時的な平穏を得たのち,再びパリに戻って筆を取る.油彩1点,デッサン数点をわずか1週間で描き上げた晩年期は,まさに鬼気迫る創作の時期であったが,結核性髄膜炎に倒れ,35歳で没す.2日後,妊娠9か月のジャンヌは5階の窓から身を投げて死んだ.モディリアニの描いた肖像画の瞳孔のない青い眼は吸い込まれるほど深遠である.瞳が描かれなかった理由をモディリアニは明かしていない.
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Title: MODIGLIANI - MAN AND MYTH
Author: Jeanne Modigliani
ISBN: 4622015714
© 1978 みすず書房
