| 複雑かつ緊密に婚姻関係を結び,自らの権力・権益を世襲させていく政・官・財のトップたち.互いに連なり増殖していく家系の頂点には天皇家が位置する.日本の支配者たちのネットワークを鋭く抉り出した衝撃の書――. |
権力の系譜をたどるとき,ニッコロ・マキャヴェッリ(Niccolò Machiavelli)の冷徹な支配者分析を起点とし,マックス・ヴェーバー(Max Weber)が提示した「他者の抵抗を排した自己意志」を実現する権力定義に接続する.20世紀に入ると政治学者ハロルド・ラスウェル(Harold Dwight Lasswell)が,権力者を「獲得しうる価値(尊敬・収入・安全)を最大限に手にする者」と定義した.本書が描き出すのは,政治・官僚・財界の「家系的連鎖」である.
政治の鳩山,中曽根,宮沢一族に財界の豊田,松下,石橋家――家系が婚姻や親族関係を通じて網の目のように結ばれ,株式会社日本を動かす株主同盟のように機能している.彼らの多くが「名門」に生まれたわけではなかった.トヨタ創業者の豊田喜一郎は,明治期に自動織機の改良を行った技術者の家系にすぎなかったが,国家主導の重工業化政策に乗って巨大産業帝国を築き上げた.中曽根康弘も,官僚から叩き上げで首相に上り詰め,やがては財界との強固なネットワークを形成した.閨閥とは血統の連続ではなく,政治と資本の融合による近代的貴族制の変奏なのである.
本書の功績は,この見えざる結合線を可視化した点にある.家系図を辿ると,政・官・財の人脈がコングロマリットのように複雑に絡み合い,国家の「公」が,いつのまにか特定の一族の「私」に転化していることが露わになる.だが,現代の若者を支配階級への失望ゆえに無気力化した存在とみなす著者の視点は,あまりに単線的である.社会学的に見れば,若者の政治的無関心は必ずしも諦念ではなく,むしろ制度不信の深化,政治的リアリズムの学習である可能性が高い.むろん,SNSの時代における「可視化された特権」――二世議員や世襲経営者への嫌悪感――が若者の諦観を助長しているのは事実だが,それを「腐敗の受容」と断定するのは乱暴である.
門閥を打破し,機会均等を実現せよと叫ぶならば,その変革の主体は誰か.制度の外部から改革を起こすエネルギー源――民衆の意識変革なのか,あるいは技術革新や新産業による非閨閥的成功者の台頭なのか――を提示しないままでは,理想論に終わるほかない.とはいえ,閨閥という日本的エリート構造を可視化した点においては,社会学的資料として貴重である.もし次なる研究が,ヴェーバー的権威論とミルズ的権力構造論を架橋し,さらに現代のネットワーク資本主義にまで射程を延ばすなら,日本の支配階級研究は新たな段階に入るであろう.
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原題: 閨閥―特権階級の盛衰の系譜
著者: 神一行
ISBN: 4043533063
© 2002 KADOKAWA
