| 社会的な成功を収め,長年連れ添った妻のジョイとも良好な関係を続けてきた初老の男ノーランは,平凡な幸せには恵まれていたが,代わり映えのない毎日に飽き飽きとしていた.そんなある日,ある事件をきっかけに謎めいた青年レオと出会うことによって,彼の眠っていた本能が目覚めはじめる…. |
ロビン・ウィリアムズ(Robin McLaurin Williams)の遺作の一つとして,キャリア終盤における静謐で痛切な演技が刻まれた作品.焦点が当てられるのは,取り返しのつかない人生の晩年である.銀行に勤める平凡な中年男ノーランの結婚生活は,形式的な安定の裏に感情の空洞を抱えている.ある夜,偶然出会った男娼レオとの接触を通じ,ノーランは自身の抑圧された同性愛的欲望,あるいは「ありえた別の人生」への葛藤に気付く.劇的な展開を避け,むしろ日常の沈黙と曖昧な選択の中に人間の崩壊を描き出す本作は,ウィリアムズの抑えた演技が特長である.
コメディアンとしての表層的な明るさやユーモアは影を潜め,人生の残照というべき静けさが全編を覆う.ウィリアムズ自身,撮影当時うつ病と闘っていたことが知られており,作品の内省的なトーンは,痛ましいほどのリアリティを帯びている.撮影終了の翌年,ウィリアムズはこの世を去った.2009年に書かれた脚本を長らく誰も引き受けなかったという経緯がある.中年男性の同性愛的覚醒という繊細な領域を扱っていたため,ハリウッドでは商業的リスクが大きいと見なされたようだ.ウィリアムズは脚本に深く共鳴し,プロジェクトを自ら推した.撮影中,監督に対して「この映画では何も"演じない"ようにしたい」と語ったという.
演じない姿勢が,逆に深い演技を生んだ.タイトル"Boulevard(大通り)"は比喩的である.人生の終盤における一本道,あるいは社会の表通りを歩きながらも,心はずっと裏道に取り残されてきた男の物語である.F・スコット・フィッツジェラルド(F. Scott Fitzgerald)『グレート・ギャツビー』が華やかな表通りと灰色の谷間を対比させたように,アメリカ文学における"ブールヴァール"の象徴性──光と影,秩序と逸脱の狭間にある場所──を思い起こさせる.ノーランが職を辞し家を出ていく場面は,一見解放のようでありながら,実際には何の救済も与えられていない.
人は真実を告白することで自由を得るが,真実を生きることで必ずしも救われるわけではないという冷徹な現実がここにはある.ウィリアムズのキャリアを通観すれば,この作品は彼が長年追い続けてきた人間の孤独の根を純粋な形で描いた遺書のようなものだろうか.稀有な喜劇俳優が,苦悶の沈黙で語った独白劇である.希望があるようで,希望を拒むその余韻は,観る者の胸に長く残る.大通りの夕暮れに,誰も振り返らないまま消えていく小さな影のように.
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原題: BOULEVARD
監督: ディート・モンティエル
88分/アメリカ/2014年
© 2014 Camellia Entertainment, Evil Media Empire
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