▼『孤独のグルメ』久住昌之原作,谷口ジロー作画

孤独のグルメ (扶桑社文庫 た 10-1)

 主人公・井之頭五郎は,食べる.それも,よくある街角の定食屋やラーメン屋で,ひたすら食べる.時間や社会にとらわれず,幸福に空腹を満たすとき,彼はつかの間自分勝手になり,「自由」になる.孤独のグルメ……それは,誰にも邪魔されず,気を使わずものを食べるという孤高の行為だ.そして,この行為こそが現代人に平等に与えられた,最高の「癒し」といえるのである――.

 市生活者の精神の逃避路としての「食」――美食あるいは食通を「グルメ」と総括するのは容易だが,井之頭五郎は後者に属しつつも,そこにささやかな誇りを宿す流儀の人である.孤独に食事の時間を愉しむ空間を求め,過度な賛美や蘊蓄とは距離を置く.本作の名場面は,店の空気,五郎の心の揺れに重心が置かれている.「東京都台東区山谷のぶた肉いためライス」では,豚肉炒めと豚汁のこってり感を一掃してくれる,茄子の自家製おしんこが鮮烈なアクセントとなる.老舗というより町の食堂の手ざわりが,その素朴さゆえに温かい.

 群馬名物である焼き饅頭を扱う「高崎市の焼きまんじゅう」では,独自のタレが香ばしさとともに土地の匂いを運び,純朴な店構えと呼応する.京浜工業地帯を抜けて到達する川崎の焼肉店では,ミノ,上カルビ,上ロースに加え,白いご飯が揃えば最強という,五郎流の理屈にならない理屈が炸裂する.五郎は自然食に偏見をもっていた設定があるが,それを覆す「西荻窪のおまかせ定食」では,工夫のある献立に思わず追加でいわしと大根のカレーライスを頼むに至る.この素直さは,グルメ漫画にありがちな考証的な蘊蓄を回避し,主人公の等身大の人間味を演出する.

 「渋谷百軒店の大盛り焼きそばと餃子」では,酒の飲めない者には残酷な「ライス不可」のルールに戸惑いながらも,店の流儀に従う.五郎は,エキセントリックな言辞を一切発しない.美味の表現は,「うん,うまい」「これはおいしい」「上等上等」「こういうのでいいんだよ こういうので」と,せいぜいこの程度である.仰々しい産地情報や調理法の披瀝で味わいを落とされることを避けつつ,必要最低限の言葉で読者の記憶に残る食の情緒を立ち上げている.日常のしがらみから束の間解放されるべき瞬間が食事の場面であるという信念は,自然すぎて逆に見落とされがちである.

モノを食べる時はね 誰にも邪魔されず 自由で なんというか 救われてなきゃダメなんだ 独りで静かで豊かで……

 しかし考えてみれば,90年の生涯でも食事は10万回に満たず,そのうち外食はさらに減る.だからこそ,五郎が時折遭遇する「ダメな店」――回転寿司でオーダーの通りにくさに居心地悪さを覚えたり,店主が客の前で店員をネチネチいたぶる洋食屋――は,作品世界に陰影を与える.飲食の看板を掲げていながら,味と癒しの提供を蔑ろにする店は存在を許されるべきではない.外食文化という共同体においては絶対の真理である.

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原題: 孤独のグルメ

著者: 久住昌之原作 ; 谷口ジロー作画

ISBN: 459402856X

© 2000 扶桑社