▼「淋しき越山会の女王」児玉隆也

淋しき越山会の女王-精選ルポルタージュ集 (中公文庫 こ 65-1)

 田中角栄の私設後援組織「越山会」を仕切った佐藤昭子の特異な権力と孤独を描き,金脈問題の核心を人間像から照射した画期的な政治ルポである.政治資金の不透明さを白日にさらし,日本の政治報道の転換点となった――.

 花隆「田中角栄研究―その金脈と人脈」と並び,日本の政治報道の地平を変えたルポルタージュである.1974年11月『文藝春秋』特別号における空前の「田中角栄特集」の中で,本稿がとりわけ注目されたのは,田中の私設後援組織「越山会」の金庫番として君臨した佐藤昭――のちに「佐藤昭子」と改名――という一私人を取り上げたからであろう.佐藤は田中の秘書という枠を超えた存在であった.

 日常の生活面から政治資金の流れに至るまで,田中の身辺を把握し,越山会の実務を一手に引き受けた.著者は佐藤を「女王」と呼び,組織を掌握する権力が孤独と表裏一体であったことを描き出した.越山会は約10万人規模の支持者を抱えていたが,その莫大な献金・政治資金の最終的な吸い込み口に佐藤が存在したという描写は,当時の政治資金の不透明さを白日の下にさらした点で画期的であった.本稿の背景には,『文藝春秋』編集長田中健五の決断がある.

 1974年当時,田中角栄は首相の座にあり,金脈追及は政治的にも報道的にも極めてリスキーであった.「金脈研究」発表後,編集部には抗議や圧力まがいの連絡が殺到し,警備を強化せざるを得なくなったという.著者の筆致は,立花の徹底した資料主義とは異なり,人物の息遣いや感情の綾に焦点を当てるものであった.とりわけ佐藤の内面的な淋しさを読み取り,それが絶大な献身と支配欲を同時に支えていたという構図は,政治報道というよりも人間ドキュメントに近い.権力の中心に最も近い距離にありながら,制度も肩書きも与えられない空白の中に生きた,孤独な女王像である.

 「田中角栄研究」特集が読者の大きな反響を呼び,第36回文藝春秋読者賞を立花隆とともに受賞したことは,当時の政治ジャーナリズムが読者の成熟とともに変質していく転換点を形成した.政治家個人の資質やスキャンダルに終わらせることなく,権力とは組織・金・人間関係の総体という視点を一般読者に開いた功績は大きい.佐藤は自分を「淋しき女王」と断じられたことに憤った.田中角栄は「女王ならいいじゃないか.俺なんか闇将軍だぞ」と慰めたという.

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原題: 淋しき越山会の女王

著者: 児玉隆也

ISBN: 4122076021

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